今から一つ嘘をつくけど
 楽しそうに話してご飯を食べている人たちを眺め、部屋の隅でマドレーヌを齧りながら、ポツンとしていた。


「――――まだマドレーヌ食べてるのね」


 そう言ってクスクスと笑いながら隣に座ったのは、今日遅番で来た武田店長。食料品フロアで買った、サラダうどんを机に置いた。


「今日、息子でちょっとバタバタしちゃって、お昼食べて来られなくてね。海莉ちゃんにお店番頼んで来ちゃった」


 武田店長はこんなに奇麗で生活感が無いけど、実は結婚していて一児の母だ。まだ手の掛かる三歳の息子さんがいるのに、仕事にも家の事にも手を抜かない。

 こんなお母さんになりたいなあって、私も密かに憧れている。


「ねえ、晃ちゃん。今夜空いてる?」

「今夜ですか?」


 今日も早番なので五時で上がったら、特にこれといった予定は無い。デートに誘ってくれる彼氏もいなくて、寂しいものだ。


「別に予定は無いですけど」

「晃ちゃんに、ちょっとお願いがあるんだけど……」


 いつになく困った表情の武田店長。詳しく話を聞くと、どうやら夕方からこのエリアの店長会議があるそうだ。でも……


「今朝息子が急に熱を出しちゃってね。今は医療設備のある保育園に預けてるんだけど、流石に夜遅くまでは無理なの。主人も今は出張中で戻れないし……それでちょっと困っててね」


 会議自体は定例会議なので、時間はそれ程掛からないそうだけど。今回はその後に、上司や業者さんを呼んだ懇親会もあるそうだ。懇親会というけれど、簡単に言うと接待宴会。接待なのでいつ帰れるか分からない。




< 19 / 126 >

この作品をシェア

pagetop