今から一つ嘘をつくけど
コーヒーをそろそろ飲み干してしまいそうな頃に、通りの向こうから姉がこちらへ来るのが見えた。私もカフェを出て姉に向かって手を振ると、彼女は少し小走りになる。
お店の海莉ちゃんとはまた違う、のんびりふわんとした雰囲気のお姉ちゃん。身長もあまり高くないので、その走り方は小動物みたいだ。
「晃! 待った? ごめんね」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん」
少し息を切らせて笑う姉は、何だか懐かしくてホッとする。
「久しぶりだね、晃。移動したお店は慣れた?」
「うん、ぼちぼちね……お姉ちゃんは?」
「私は相変わらず。今日の事話したら、社長の奥さんが楽しんでおいでって」
姉は後見人の遠野先生の紹介してくれた小さな工場で、事務をずっとしている。私も何度か行った事があるが、アットホームで優しい人の多い職場だった。
家族経営で、社長夫妻がいつも私たち姉妹の事を気にかけてくれる。
「じゃあ行こうか、晃」
「行くって? まだ何処でご飯食べるか決めてないでしょ?」
「実はもう、はるくんがお店予約してくれてて、待ってるの」
「えっ?!」
姉は悪戯をした子供みたいに笑った。
はるくん――――晴夏(はるか)さんは姉の彼氏だ。実は、お世話になっている後見人の弁護士、遠野先生の息子さん。
後見人になってくれてからずっと、遠野先生は私たちを家族と同じように接してくれて。家を行来するうちに、息子の晴夏さんとも親しくなっていた。
遠野先生は奥さんと離婚して、晴夏さんと二人暮らし。晴夏さんは姉の優樹と同い年で、今はお父さんと同じ弁護士として同じ事務所で働いている。