今から一つ嘘をつくけど


 …………見間違いでも思い違いでもない。確かにそこには、知らない男の人が寝ている。小ぶりな段ボールを枕にして、ガサガサと何かの書類を抱え込んで。

 スーツのブランドとかはよく分からないけど、生地は良くてちょっと高そう。それなのに、床にそのまま寝転んで店の在庫が入っている段ボールの隣りですやすや。


 眠り姫を見つけた王子様って、こんな気持ちだったのかな。


 だって男のくせにまつ毛の長い、奇麗な顔立ちをしている。段ボールの森で眠る王子様はとても美しくて、ちょっとドキドキした。

 年は、二十六の私と同い年かちょっと上に見える。


 相手が寝ているのを良い事に、じっくり観察しちゃったけど……警備員さんとか呼んで来た方がいいんだろうか。もし泥棒とかだったらまずいし。

 ぐるぐるとそんな事を考えていると、突然――――


「……ん、う…………」


 男は呻き声を上げて寝返りをうった。その動きに、彼が抱え込んでいた書類がガサガサと音を立てて、手の中から床に滑り落ちる。

 もう、起きてしまうかもしれない。

 そう思うと私は慌てた。だってもし本当に泥棒だったら、この状況じゃあ襲われてしまうかもしれない。


「――――今、何時…………?」


 そろりと立ち去ろうと二、三歩足を進めた所で、体を起こした男に声を掛けられてしまった。びっくりして振り向くと、半身を起こした寝ぼけ顔で、まだそこに座っている。


「……今、何時…………?」

「じゅ、十一時です」


 馬鹿か私は! 何、答えてるのよ!

 泥棒だったらどうするの!


 心の中で思わず自分で自分に突っ込む。同時に弁明していた。


 だって二度も聞かれたから……つい…………




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