今から一つ嘘をつくけど
 トプン、といきなり冷たい水の中に落ちてしまったように感じた。急に息苦しくなる。空気を吸おうと口を開けるが、入って来るのは水ばかり。


 吐き出す事も出来ない、吸う事も出来ない。

 苦しい……


「お……おめでとう……! 何か……凄い、びっくりしちゃった! おめでとう、お姉ちゃん、晴夏さん……」


 やっとの思いで何とかお祝いの言葉を絞り出した。だけど、お水のグラスを手に取ると水が小刻みに震えてしまう。





 私は、ずっとずっと前から……

 晴夏さんが好きだった。


 でも、姉も彼を好きだと気が付いて、何も言えなくなってしまった。私と二人で暮らす為にずっと自分を犠牲にしている姉には、絶対に幸せになって欲しいと思っていたから。

 姉の恋を邪魔する事なんて、私には出来なかった。

 そのうちに晴夏さんも姉が好きなのだと気が付き、そして二人は想いが重なり付き合い始めた。

 私はもうとっくに、失恋していたのだ。

 でも好きだった気持ちはそう簡単には無くならない。自分でも嫌になるくらい、ずるずると片思いを引きずって。だから、晴夏さんと会うのは嬉しくて、でも辛かった。

 お姉ちゃんさえいなければ……時々そんな風に思ってしまう自分が、嫌でたまらなくて。最近は晴夏さんとも姉とも、少し距離を取っていたんだ。


 でもいつか、こんな日が来るとは分かっていた……




「遠野先生には今週末に二人で報告する予定なの。きっと、驚くと思うけど……」

「大丈夫、父さんは諸手を挙げて喜ぶと思うよ。父さんも優樹の事が大好きだから」


 私は二人の幸せそうな話を、心とは裏腹に笑顔を張り付け聞いていた。自分の心臓の音が耳に響いていて、ほとんどは聞き流してしまったが。




< 41 / 126 >

この作品をシェア

pagetop