今から一つ嘘をつくけど
「…………じゅう………………十一時?! ヤバい!」
男は私の返事を聞くと、さっきまでの寝ぼけ顔から、急に眼が覚めたような驚き顔にパッと変わった。そして立ち上がると落ちた書類をかき集め、バタバタと出て行ってしまった。
…………何だったんだろう、あの人。
呆然とそれを見送ったが、はたと我に返る。倉庫の中で盗まれた物が無いか急いで確認して、私も倉庫を後にした。
猛ダッシュで自分の店へ。店には店長がいるから今の事を報告するつもりだった。それから、警備に通報するかどうか指示を仰ごうと思ったのだ。幸い盗まれた物は無いようだった。
スタッフ用の通路とエレベーターを使って、走って店に戻った。
はあはあと息を切らしてたどり着くと、そこには店長と楽し気に話しているさっきの男がいたのだ。
「あら、晃(あきら)ちゃん、早いわね。もう在庫確認終わった?」
店長はすぐに私に気が付くと、優しい声でそう言った。
店長の武田 咲子(たけだ さきこ)さんは知的な美人。いつも優しく、時には厳しく私を指導してくれる。でも今はそれどころじゃない。
その武田店長と一緒にいるあいつ!
私が口を開く前に、男は目が合うとにこりと不敵に笑ったように感じた。その笑顔に挑発され、私は武田店長に叫んでいた。
「店長! この人、泥棒です!」
何も盗まれては無いけど……何にも盗まなくても、空き巣に入ったら泥棒って言うし!
でも私のその言葉に一瞬驚いて目を丸くした二人は、次の瞬間吹き出すように盛大に笑った。