今から一つ嘘をつくけど
「神楽木の前の席、鎌谷だったろ。 あいつの噂、知ってるのか?」
「鎌谷さん? ……ああ、女癖が悪いっていうやつですか?」
「そうだ。神楽木、さっそく絡まれてたじゃないか。あんな奴の所になんか戻るな」
「ああいう人のかわし方ぐらい分かってます。だから心配してくれなくても、大丈夫ですよ」
確かに、あの鎌谷さんの待っている席へ戻るのは嫌だけど。海莉ちゃんも隣にいるんだし。諏訪さんはちょっと心配し過ぎじゃないだろうか。
もしかして、この前の懇親会でセクハラ親父に絡まれてたのを思い出したんだろうか。でも、あの時と今じゃあ状況が違う。
合コンで変な人のあしらい方なんて心得てる。それに子供じゃないんだから、それぐらい自分で何とか出来る。
握られている手を強引に抜き、もう一度部屋へ戻ろうとした。
だけど歩きかけた瞬間、目の前を諏訪さんの腕が遮る。そして壁に彼の手がぶつかって、ドンという大きな音がした。
驚いて振り返ると、すぐ近くに諏訪さんの顔。
「――――ん……っ!?」
同時に柔らかいものが私の口を塞ぐ。頭は壁に押し付けられて、身動きが出来ない。諏訪さんの長いまつ毛が、私のまつ毛に触れそうなくらい近くて。
何が起こっているのか分からなかった。
押し当てられた唇がやっと離れると、無意識に息を止めてしまっていたのだろう。苦しくてはあ、と大きく息を吐いて吸う。
そこでやっと分かったのだ。
諏訪さんにキスをされたのだと。
「な! 何するんですか!」
「……俺がお前を行かせたくないんだ!」
「からかうのは止めてください!」
そう言いながら顔をそむけたが、それを両手で掴まれ無理矢理戻され。