今から一つ嘘をつくけど
 それだけ言うので精一杯だった。私はお店を飛び出した。

 残された諏訪さんが、みんなに何か言われるだろうけど構うもんか。自分のせいなんだから、自分で何とかすればいいんだ。





 夜の街は、駅前だからだろうか、人がたくさん行き交っている。その間を縫うようにふらふらと歩き続けた。

 止まってしまったらきっと、動くことは出来なくなってしまう。


 ……別に、キス一つでショックなんて受けてない。ファーストキスなんかじゃなかったし。二十六年も生きていれば私だって、キスの一つや二つしている。

 晴夏さんの事があったから、あまり恋愛は長続きした事はなかったけど。


 だけど、どうしてこんな事したんだろう……諏訪さんが私を好きだなんて…………からかわれているとしか思えない。

 それに『ずっと好きだった』って……ずっとって、いつよ?!

 諏訪さんに出逢ってから、まだ数ヵ月だ。そんなの『ずっと』とは言わない。


 やっぱり、嘘なんだ。


 さっき見た、諏訪さんの顔が鮮明に思い浮かぶ。彼はキスをした後、苦しそうな泣き出しそうな、そんな表情をしていた。


 なんであんな顔……無理矢理キスをされたのは、私なのに…………


 別に私は諏訪さんが好きな訳じゃ無い。ちょっとだけ、優しくていい人だと思っていただけだ。




 それなのに、どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。

 どうしてこんなに、泣きそうなんだろう。




 やっと自分の部屋に辿り着く。玄関を入ってすぐ、電気も点けずに私は崩れるように座り込む。目を閉じると、じわりとまた涙が滲んできた。




















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