今から一つ嘘をつくけど
だって! この諏訪さんがあの時の『しずくん』だったなんて!
苗字だって違うし……と思ったけど、苗字が違うのはきっと『諏訪』はお母さんの方の性なんだろう。顔だって……あの頃は私は、晴夏さんの事に気持ちを全部持っていかれてて。その弟にまで気が回っていなくて。
そのうちに『しずくん』は大学を卒業して就職し、忙しくなったのかここに来ても会う事は無くなっていた。
だから私は、その存在をすっかり忘れてしまっていたのだ。
諏訪さんは、いつから気が付いていたんだろう……
そもそも、私と『しずくん』が同じ会社に勤めてるって、晴夏さんも姉もどうして教えてくれなかったんだろうか……いや、たぶん、二人もそれには気が付いてないんだ。そんな呑気な二人だから。
ああ、穴に入りたい。ここに穴を掘って今すぐ諏訪さんの視界から消えてしまいたい。
でもそんな事は出来るはずもなく。
だから半ば力業でそうする事にした。食事の終わった遠野先生と晴夏さんが、事務所へ戻った時に便乗したのだ。
「――――私もそろそろ帰るね」
「え? 晃はまだいいでしょ? せっかくケーキ買って来てくれたんだし、三時のお茶の時間までいなよ」
姉に当然引きとめられたが、それも振り切った。
「う、うん、そうしたいんだけど。ちょっとこれから用事があるの思い出しちゃって……」
用なんて無い。ただただ一刻も早くこの場から逃げたいだけだ。
帰ろうと、鞄を手にして立ち上がると、ずっと隣に座っていた諏訪さんも立ち上がった。