今から一つ嘘をつくけど


「じゃあ俺、車で来てるし送って行くよ」


 えええ! それじゃあ何の意味も無いじゃない!


「い、いえ! 大丈夫です、電車で一人で帰れますから!」

「家の方向同じだろ? ついでだよ、ついで」

「晃、せっかくだから送って貰いなよ」


 そんな姉の援護砲もあり、断りきれず。私の目論みは全く意味が無くなってしまったのだ。





 ここに来た時に見た諏訪さんの車。まさかその助手席に乗る事になるなんて。あまりにも気まずくて、運転席の彼の顔なんて見られなかった。

 ……もういろんな事が頭の中でごちゃ混ぜになっている。

 まさか諏訪さんが、晴夏さんの弟だったなんて。彼はいつから気が付いていたんだろう。それなのにキスされたり、好きだと言われたり。

 何がなんだかますます意味が分からなくなってしまった。


 鞄を抱えて俯いていると、車は静かに走り始めた。

 しばらく走って信号で止まった。それまで私も諏訪さんも無言。社内には小さな音でラジオか何かが流れていた。


「……ごめん」


 ラジオの音と同じくらいの声で、突然諏訪さんは呟くように言った。顔は前の信号を見つめたまま。


「せっかくのお姉さんとの食事だったのに、帰るって言いだしたのはたぶん……俺のせいだよな。」


 そうだよ! って思ったけど、言わなかった。


「今日は俺、休みでさ。たまたま兄貴に電話したら、ランチ皆で食べるからお前も暇なら来いって誘われて……まさか神楽木がいるとは思わなかった」

「……近くのコンビニで降ろして下さい」




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