今から一つ嘘をつくけど


「俺はお前がずっと兄貴を好きだったの知ってたから、兄貴に失恋したお前を、もう誰にも奪われたくなかったんだ……だから…………」


 顔をハンドルに伏せたまま、くぐもった声でまだ話続ける諏訪さん。

 いつも余裕たっぷりで、かっこよくて。私の事をからかったりしてる人なのに。なんだか…………


「……もう、いいです」


 いつの間にか私は、笑ってしまっていた。


「もう大丈夫です。昨夜の事は全部忘れます」


 なんだか諏訪さんが、諏訪さんらしくなくて。ジタバタ悩んでいたのは自分だけじゃない、そう分かったから。

 忘れてしまおう、全部。あれは事故みたいなものだったんだ。

 だけど、彼は焦ったように顔を上げた。


「それはダメだ!」

「え?」

「全部忘れてもらっちゃ困る!」


 私を見つめる諏訪さんの顔は、赤くて。昨夜のあの時と同じ、苦しそうな泣き出しそうな表情で。





「――――お前を好きだって言った事は、忘れないでくれ」





 ……心臓が、跳ね上がるように音を立てた気がした。


「本当に、好きなんだ。ずっと…………」


 冗談だと思っていた。彼は私をからかって言ったんだと。でも……

 跳ね上がった心臓が、まるで早鐘のようにトクトクと音を立てて、凄い勢いで血液を循環させている。その血液は熱を帯び、身体中を駆け巡り。

 私の身体も、熱を帯びる。




< 77 / 126 >

この作品をシェア

pagetop