【琥珀色の伝言】 -堤 誠士郎 探偵日記-


松木君と藤波さんが持ち帰った楽譜を手に、祖父から受け継いだ椅子に腰掛ける。

椅子に座ると、事務所の誰もが口を閉ざし息をつめ、僕の答えを待つのだった。


手元に集められた楽譜に目を通す。

『フルート協奏曲』 の題名のあとに 「M嬢へ捧ぐ」 と添えられていた。

依頼人の名が美都子であることから、彼女へ贈られたものであるのは間違いなさそうだ。

室内楽のための協奏曲は、譜面から読み取るとすれば毬代が指摘したとおり、曲想が忙しく変化する、一風変わったものだった。


曲に糸口を見つけられず、記号へと目を向ける。

演奏するにあたり、どのように奏でるのか、作曲家の意向を示すのが指示記号だ。

ここは大きく、こちらからは小さく、または緩やかに、急いで、滑らかに……

など、多くの記号が譜面に記載されており、それらを目で追ううちにあることに気がついた。

次々と譜面をめくるほど謎が解け、最後の一枚の中の記号が私の推理の裏づけとなった。





「みんな、集まってもらえないか」



毬代と二人の助手が、待っていたように立ち上がり僕のそばへと歩み寄ってきた。



「この焼けた楽譜はフルスコアだったんだ」


「フルスコアって?」


「総譜ともいわれ、オーケストラや重奏のすべての楽器の楽譜が書かれている。

ここから楽器ごとの楽譜が写譜される」


「写譜って、楽譜を写すの?」


「うん」


「わかった。元が焼けたのなら、写しを集めれば、欠けた破片を集めるのと同じだって考えたのね」


「そういうことだ」



毬代の得意そうな顔にうなづいてやると、わぁ……と少女のような歓声があがった。

松木君も藤波さんもすでにわかっていただろうが、毬代に気を遣ったのか、すごいですねと口々に褒めてくれた。



「演奏も再現できますね。楽譜の持ち主を呼びますか」


「いや、その必要はない。答えはもうここにあるんだよ」


「ここにって、楽譜の中にあるんですか。音符に特別な暗号でも?」


「音符じゃない、指示記号に隠されていた。説明するから楽譜の見てほしい」



三人の目が一斉に僕の手元へと注がれる。



「記号の代表的なものは……速度記号、発想記号、反復記号、ほどんどがイタリア語で書かれている」



事前に調べた指示記号の意味と、楽譜に記されている記号を照らし合わせていく。

最初に気がついたのは藤波さんだった。

頬を染めうつむいてしまった彼女を、松木君は不思議そうに見ている。



「藤波さん、あなたはわかったようだね。朴念仁の松木君に説明してやってくれないか」


「先生、朴念仁はひどいです。僕は記号の意味が皆目わからない、それは認めますけど」


「この楽譜は恋文ですね。恋人に愛の告白をするために書かれたものではないでしょうか」


「そのとおりだよ」



恋文だとわかってから、イタリア語で綴られた記号の意味を紐解くと、その意味がより鮮明に見えてきた。

熱烈に、いつまでも、愛情を込めて、甘く……

言葉にしていた僕も口幅ったくなる台詞が続いている。



「この記号は何? 意味があるんでしょう?」


「infinito インフィニート、永遠にという意味だ」


「まぁ、なんて素敵なの。永遠の愛なんて、美都子さんへ彼の熱烈な想いが込められていたのね」



さっそく彼女に伝えましょうと、毬代はすぐに立ち上がり、友人を訪ねるために出かけていった。

僕、イタリア語の勉強をしますと松木君は真剣な面持ちで決意を述べ、いろんな経験が役に立つんですねと、藤波さんが感慨深い顔で感想をもらした。



「勤勉な二人は、次の仕事の興味はあるのかな?」


「あります」


「もちろんです」



即座に元気のいい声がかえってきて、松木君が次の依頼品ですと僕の目の前に箱を持ってきた。

次の依頼品は真珠の耳飾りだった。

色あせたビロードに包まれた箱は、光り輝く珠を大事に守ってきたのだろう。

依頼品が放つ無言の言葉がある、それが琥珀色の伝言なのだ。





「美都子さん、すぐに彼の実家に行ったんですって」  


「上手くいったようだね。聞かずとも君の顔を見ればわかるというものだ。

彼は彼女が来るのをずっと待っていた、そうだろう」


「まぁ、それも推理なの? なにもかも見透かしてしまうのね。なんだか面白くないわね」


「はは……そんなことはないよ。毬代がいるから僕の人生は面白いんだ。おいで」



頬を膨らませすねている妻をひざに抱き、その頬に接吻をした。

無邪気な顔がすぐに機嫌を直し、僕の首に腕を回してきた。









フルスコアとは……合奏・重奏におけるすべてのパートが書かれている楽譜のこと

           総譜・スコアともいう






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