【琥珀色の伝言】 -堤 誠士郎 探偵日記-



「これは、やっぱり、依頼人の母親の不貞だと思うな」


「名前もないのよ。簡単に決め付けていいものかしら」


「名前がないから怪しいんじゃないか。人に見せたくないものなら、よけいに名前を書かないはずだ」


「そうだけど……では、どうして他のお手紙と一緒の箱に入っていたんです? うしろめたいものなら別に隠すはず」


「文箱と言うのは、その人個人の持ち物だ。他人が勝手に覗いたりしないからね。だからそこに隠したんだよ」


「そうかしら。私なら、もっと他のところにしまうと思います。誰の目にも触れないところに」


「へぇ、藤波さんは夫に隠し事をするんだ」


「変なこと言わないでください。それに私まだ結婚していません。私の将来のことを憶測でおっしゃられては迷惑です。

松木さん、それは偏見で、 私への侮辱です、謝ってください」


「どうして僕が藤波さんに謝らなきゃならないのかな。僕は仮定を述べたつもりだけどね」


「それが失礼だと申し上げているんです」


「極端な人だな、藤波さんは。もっと開けた考えの持ち主だと思ったけど、そうでもないんですね」


「ふたりとも、そこまでだ。それ以上の討論は、何ももたらさない」




僕に注意され、松木君も藤波さんもうつむいてしまった。

依頼品をはさんで意見を述べ合うのは頼もしいが、時としてこのように白熱してしまうことがあった。



「松木君、いま考えなければならないことは何かわかるかな」


「カードを贈った人を探し、カードに込められた秘密を明らかにすることです」


「うん、そうだ。では、君たちが討論していることはなんだろう。藤波さん」


「カードがうしろめたいものだと決め付けて、その扱いをどうしたかということで……あの 私……」


「何をなすべきか、物事の根幹を見失ってはいけない。わかるね?」

 

すみません、言い過ぎましたと松木君は彼女に謝り、こちらこそ言葉が過ぎましたと、藤波さんも彼に頭を下げた。

こうして素直に振舞えるところが彼らの長所だ。

すぐに自己の主張をしてしまうのは短所ともいえるが、それは若さゆえなせることかもしれない。


一枚のグリーティングカードに、若い二人がこんなにも熱くなるとは意外だった。

口では二人を戒めたが、今の会話からいろんな疑問が持ち上がっていた。

依頼人の母親はきちんとした人で、自分が亡き後のしまつまで指示をしていたと聞いている。

文箱の中の手紙も、子どもたちが必要と思えば形見にし、必要と思わなければ処分してもかまわないと言い残してあったそうだ。

そんな人が、大事な、それも秘密のカードを文箱に入れたままにしておくだろうか。

自分の死後、人目につくことは充分に予測できることである。 

では、このカードは隠す必要がなかった言うことなのか。


もう一度カードを手にした。

花が描かれ、縁取りに手の込んだ装飾が施されている。

送り主の名前が記されていないことを除けば変わらぬ愛情を示す文面で、どこも変わったところは見られない。

藤波さんは自分がこのようなカードをもらったら、誰の目にも触れないところに隠すだろうと言っていた。

では、もしも僕が誰かにこのようなカードを送るとしたら、誰に送るだろう。

秘密の恋人に送るのなら、もっと言葉を慎み、誰に読まれても怪しまれない言葉を綴るのではないか。

変わらぬ愛情を示す言葉を贈るのは、妻か恋人だけだ。

カードを送るのは、誕生日かクリスマスか、または……二人の記念日というところか。

他に送るとしたら……と考えながら、手帳を開き暦に目をやり、自分のメモに気がついた。


『花屋に注文』


危なく忘れるところだった。 

毎年欠かさず送り続けているのに、今年だけ届かなかったとなれば、毬代ががっかりするに違いない。

カードの用意もしなくてはと思いたち、はっとした。



「松木君、調べて欲しいことがある」


「はい」


「依頼人の父親が、いつ頃欧州にいたのか聞いてきてくれないか。

いつからいつまでどこにいたのか、父親のかつての会社に出向き、滞在期間と日付を詳しく調べて欲しい」


「母親の動向を調べるのではないのですか?」


「そうだ、父親の動向だ」


「わかりました」



松木君が疑問を抱えながら立ち去ると、次は藤波さんを呼んだ。 



「カードがどこの国から発送されたかのか、それから、いつ日本に届いたのか、依頼人の元へ行って調べてきてください」


「えっ、日本ではないのですか? 舶来の品だとも考えられますが」


「おそらく発送されたのは欧州のどこかの国でしょう。文箱の中にカードが入っていた封筒があるはずです。 

それがみつかればすぐにわかるはずです」


「先生には、もうおわかりなんですか?」


「まだ確実ではありませんが、松木君と藤波さんに頼んだことが一致すれば、おそらく」


「えっ、では、送り主は……」


「あなたにはわかったようですね」



嬉しそうな顔をして、行ってきますと藤波さんは事務所を出て行った。

さて、あとは二人が戻るのを待つだけだ。

その間に手配しておくか。

僕はコートを手にすると事務所を出て、今では馴染みになった花屋のある方向へと歩き出した。


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