【琥珀色の伝言】 -堤 誠士郎 探偵日記-
松木君と藤波さんが戻ってきたのは、その日の夕方近くだった。
先に手がかりを見つけた藤波さんが、松木君が持ち帰った情報と自分が調べた事柄をつき合わせている。
まだ理解できていない松木君は彼女の必死な姿に不満そうで、それでも資料を付き合わせる手伝いをしていたが、二人の声が同時にあがり、事柄が一致したことを告げた。
「先生、わかりました」
「やっぱりそうだったか。イギリスだったか」
「どうしておわかりになられたんですか」
「それはね、イギリスの習慣だからよ」
「毬代先生」
花束を抱えた毬代が、満面の笑みをたたえ事務所の入り口に立っていた。
絵画教室の講師を務める彼女は、我が事務所の助手たちからも先生と呼ばれていた。
私たちのやり取りを聞き、毬代にはすぐにその事実がわかったとみえる。
若い助手に向かってイギリスの習慣を披露しはじめた。
「あちらには、セントバレンタインズデーという日があるのよ。男女の愛の誓いの日なの」
「そんなことを公にするんですか」
「そうよ。好きな人に好きと伝えるの、贈り物にカードを添えてね」
考えられませんねと松木君は苦々しい顔をし、素敵ですねと藤波さんは目を輝かせている。
「イギリスではね、カードに送り主の名前を書かないのが慣わしなの」
「えっ、それでは、誰からもらったのかわからないじゃないですか」
松木君はいかにも男性らしい意見を述べ憮然とした様子だ。
「だからいいのよ。これを贈ってくださったのは誰かしら、もしかしたらあの人? それともあの方? なんて、
想像するだけで素敵だと思わない?」
「思います……私のことを思ってくれる人がいる、それだけでも幸せな気分なれますから」
藤波さんはまだ見ぬ誰かを思い、夢見心地の顔になっている。
「そうなの。幸せな気分になれるのよ。たとえ相手が恋人から夫になっても、カードに名前を書かないの」
「あっ、わかった! あの謎のカードは、依頼人の父親が母親にあてたグリーティングカードだった。
そういうことですね」
「そうだよ」
松木君の推理にうなづいた僕の顔をみて、藤波さんが感激した声を漏らした。
「結婚してからカードをもらったら、私も大事にしまっておきます。
依頼人のお母さまにとって、あのカードは宝物だったんじゃないかしら。
早くこのことを依頼人にお伝えした方がいいですね。
お母さまのこと、誤解していらっしゃいましたから、早く安心させてあげた方がいいと思います」
「そうだね。君たち、ふたりで行ってくれないか」
「わかりました」
嬉しそうに立ち上がると、ふたりはすぐに出かける準備を始めた。
毬代の嬉しそうな顔に気がついたのは藤波さんだった。
「毬代先生がもってらっしゃるお花、すごい花束ですね。プレゼントですか?」
「うふっ、そうなの、名前のないカードも一緒なのよ」
「えっ、じゃぁ、贈り主は……」
頼むからその先は言わないでくれ……と念じたが、興奮気味の彼らには届かなかった。
「贈られたのは堤先生ですね。わぁ、素敵です!」
「そうでしょう。彼ね、向こうにいたときから毎年欠かさずこうして贈ってくれるのよ」
わざわざ言わなくてもいいことまで言ってくれた妻は、得意満面の笑みで私を見つめている。
いまさら妻へ贈ることが恥ずかしくはないが、第三者に知られた照れくささが拭えなかった。
「ほら、早く出かけなさい。今日はそのまま帰っていいよ」
わぁ、堤先生照れてますね、と僕をからかいながら、若い二人は元気よく事務所を飛び出して行った
「思い出すわ……初めてあなたからカードをもらったときのこと」
「前から聞きたいと思っていたんだが、僕からのカードだとすぐにわかったの?」
「えぇ、わかったわ」
「どうしてわかったのか聞かせてほしいね。あの頃、君の周りには、君を見つめる男が何人もいたじゃないか」
「だって、あなたの目が一番真剣だったんですもの」
パーティー会場でカードを受け取った毬代は、封筒を開きカードを読むと、迷わず僕のそばに来て、「ありがとう」 とささやいたのだった。
ほかの多くの男性には見向きもせず……
「それに」
「それに?」
「私も、あなただけを見ていたから……」
その頃と変わらぬ可愛らしさをたたえ、毬代が頬を染めた。
淡く染まった頬に唇を寄せると、冷たい唇にキャッと肩をすくめて僕にしがみついた。
「今夜はどこへ連れて行ってくださるの?」
「扇亭を予約しておいた」
「わぁ、嬉しい」
「そろそろでかけようか。外は寒いから暖かくしておいで」
「わかったわ、少し待っててね」
お返しのように頬に触れると、毬代は弾む足取りでコートとショールを取りに行った。