チェックメイト
「あの…っ。」

「持てないだろ、部屋まで運ぶ。カギは?」

私の話なんか聞く耳持たずに先輩はエントランスを進んで最初のオートロックを開けるように促した。

結局部屋の前まで運んでもらい、なんだか申し訳なくなって先輩の顔を見る。

「あの、良かったらお茶でも飲んでいきませんか?」

タクシーも行ってしまったし、また呼ぶにも時間がかかるはずだから。

その思いで声をかけると、先輩は目を丸くしたあと満足そうに笑みを浮かべて言った。

「遠慮なく。」

ドアを開けて私が先に入り机の上に花束を置く。

よかった、バタバタしていたけど部屋はそれなりに片付いている。

「せんぱ…。」

「小林、さっき俺に危険な感じがするって言ったよな。…それでも部屋に上げて良かったのか?」

何を飲みますか、そう聞こうと振り返ったら先輩の強い眼差しにぶつかった。

この表情には覚えがある。

何度も何度も向けられた、私の本心を聞くときに向けられた真剣な表情だ。

「小林。」

どうしよう、一言も出てこない。

少しずつ先輩が近づいてきてるのに一歩も動けない。

目も逸らせない。

「逃げなくて良かったのか?」

心臓が痛い。

「でもまあ…逃がす訳ないけど。」

「せ…。」

ようやく出せた声も言葉になる前に唇と共に奪われてしまった。

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