ヒグラシ
一旦曲が止み、停止した屋台がしんと静まり返る。この場に留まったまま、一曲演奏を行うためだ。観客も今か今かと心待ちにして、カメラを構える人々の姿が見えた。
この屋台のどこかに樹がいるはずだと、必死に目を凝らしていた私は、すぐにそんなことをする必要はなかったことに気付いた。
後ろの方にいた樹が、定位置ではなく、舞台をぐるりと囲んでいる柵に腰を下ろしたからだ。
変わらない白地に波模様の浴衣姿。あの頃より余裕のある表情で、振り返って舞台上の奏者たちに合図を送る。
そして、笛を口元に寄せて、ゆっくりと静かに吹き始めた。人より高い位置にいる自分が注目されていることなど、微塵も感じさせないほど優雅に。
ぴいい、と高いけれどどこか樹らしい柔らかな音が辺り一面に響く。それを皮切りに他の笛の音が入り、太鼓が加わり、三味線がかき鳴らされていき。鉦の演奏者は既に立ち上がって興奮状態だ。
あっという間に大きなお囃子となって、私たち観客の胸に訴えかけてくる。
ーーこれが、伝統なんだ。