ヒグラシ
バタンと閉めたドアにもたれたまま、深呼吸を繰り返す。
ーー落ち着け、私。昨日だって普通に話せたじゃない。
いつまでも保留音のまま待たせる訳にはいかない、そう決意して保留ボタンを押した。
「もっ、もしもし?! 樹?」
平静を装ったはずが思いのほか声が上擦ってしまい、ああ失敗してしまったと手の甲を額に当てる。
聞こえてきたのは、ため息だった。
『……なんだ、もう帰ったのかよ。つれないなー』
電話してきておいて、なんだとはなんだ。
昨日より随分高い声に、酔っているのだと気付いた。樹が酔っているところは見たことがなかったけれど、予想通り陽気になるタイプのようだ。
「別にいいじゃん。それより、本当に言いふらしてないでしょうね?」
遠回しに『まだいて欲しかった』とも取れる発言に、胸がざわざわと騒いだが、酔っ払いのリップサービスに過ぎないはずだと言い聞かせ、可愛げの欠片もなく返した。頭の片隅では、こんなことを言うつもりではないのに、ともうひとりの私が叫んでいる。