ヒグラシ
「よ、佳奈」
階段を降りてきた私を見るなり開口一番、名前を呼ばれた。〝お得意様〟にしては随分と軽い挨拶だ。
「祭りの翌日なのに、もう仕事?」
今日くらい休めばいいのに、と心から思った。きっと朝まで打ち上げで飲んでいたはずだから。
「大丈夫。一回寝たし、もう酒は抜けた」
引っかかったらマジで洒落にならないからな、そう言って樹は笑った。毎日車に乗る前は、ちゃんと機械でアルコールチェックをしているのだそうだ。
「じゃ、行くか」
樹は玄関のドアを開けて、私を見た。どう見ても私を外へ誘っているとしか思えないその行動に、思わず目が点になった。
「ちょっと待って。どういうこと?」
「あれ? こないだ言っただろ、家にいろって」
一体どう解釈したらその台詞が一緒に外出することに繋がるのだろうか。私はムッとしたまま抗議する。