ヒグラシ

「出かけるならはじめからそう言ってよ！ 私、すっぴんだし服テキトーだし」

「大丈夫。俺はすっぴんの佳奈しか知らないから」

「そういうことじゃなくて！」


誘われていると知って本当は嬉しいけれど、気の抜けた自分の姿を晒すのは嫌だ。次にいつ会えるのかも分からないし、樹にとっての〝私〟がこの姿で上書き保存されてしまう。焦ってキーキー喚いていると、腕を引っ張られた。


「ちょ、ちょっと！」


裸足のまま降りたくなくて、玄関先に置いていたサンダルに足をつっかける。そのまま勢いがついて玄関のドアへ向かう羽目になってしまった。


「すみません。佳奈、借りますね」


振り返った樹が、ぺこりと頭を下げる。私よりもずっと後ろに向けられた視線を辿ると、にこにこと笑顔の母が立っていた。


「空いてますからどうぞ」

「なっ、お母さん何言ってーー」


今度は母に抗議をしようと口を開いたが、その前にバタンと玄関のドアが閉まってしまった。ーーいや、正確には樹に玄関のドアを閉められてしまった。