ヒグラシ
誤想
樹が吹く笛が、昔から好きだった。
素朴だけど力強く伸びる低音と、繊細だけど優しく響く高音。
いつまでも聞いていたくなる。
樹の笛が聞きたくて毎年通った祭りが懐かしい。付き合い始めた頃も習慣のように見に行ってしまう私に、樹は照れて目も合わせてくれない年もあったけれど。それでも音色はいつも澄んでいてまっすぐだった。
高校生活最後の方は、祭りに行くこと自体が苦痛ではあった。それでも樹の笛を聞くと不思議と心が軽くなったのだ。
樹はいつも、丁寧に音を出す。守られている気がしてしまって、駄目だ。こういうのが勘違いを生んでしまう。
私は、樹が目を閉じて一生懸命演奏する姿を、目に焼き付けるようにただずっと見ていた。
ーー最後の一音を長く吹いて、音が止んだ。
樹はゆっくり笛をおろして、呼吸を整えている。
「……」
「……」
私たちは微妙な距離を保ったまま、何も言わずにしばらく見つめ合ってしまった。
先に口を開いたのは、樹。
「なあ、どうだった?」
「どう、って?」
焦れたように聞かれて、思わず聞き返してしまった。一昨日祭りを見に行ってしまったので〝相変わらず上手だね〟なんて今更寒々しい気がして、返答に困る。
「いやほら、何かあるだろ! 〝格好良かった〟とか〝惚れ直した〟とか」
「……なにそれ」
樹が欲しがっている感想は、どう聞いても恋人同士のそれだろう。私は苦笑いを返した。