ヒグラシ
「ああもう! 素直じゃないな」
そう言い捨てると、樹はずかずかと足音が鳴りそうな勢いで私の方へ向かってくる。
「佳奈、」
目の前までやってきた樹は、後に続く言葉を探して、一旦開けた口を閉じた。
「……今を逃したら、もう、二度と会えない気がして」
先ほどの威勢はどこへやら、出てきたのはとても小さな声。樹らしくない、弱気な声だ。
「あの時は、行くなって言えなかった。高校を卒業しても、ずっとこの街で佳奈といられたらいいとは思っていたけど、それは俺のワガママでしかないし。余裕ぶって佳奈の進む道を応援しようって思った」
「え……?」
「本当は引き留めたかったのに格好付けてさ。……本当馬鹿だよなあ、俺」
知らなかった。
樹があの頃、私との未来を考えていたなんて。
「そのうちひょっこり帰ってくるかもって期待したけど、駄目だった。しかも携帯、いつの間にか繋がらないし」
「携帯? ……そう言えば水没しちゃって買い替えたんだった」
短大を卒業して就職した年、携帯を駄目にしてしまっていたことを思い出した。まさか樹が連絡をくれていたとは露にも思わず携帯を新調し、帰省しづらい日々を送っていたのだ。
私の話を聞いた樹は、脱力してがっくりと肩を落とした。