HARUKA~愛~
母の入院から半年が過ぎ、私も小学2年生になり、さすがに毎日通うことは出来なくなった。


ただ、楽しみなことがあった。

その日だけは忘れずに病院へ行っていた。



「玄希くん、久しぶり!!」


私が両手をブンブン振ると玄希くんは右手で振り返してくれた。


「晴香、元気だった?お母さんは大丈夫?」

「私はすんごく元気だよ!お母さんは相変わらず一日中ベッドの上で本読んだりしてる」

「そっかぁ…。早く良くなると良いね」

「それよりさあ、中庭で遊ばない?私、学校でね、かけっこしてるんだけど、遅いんだよね」


母のことを忘れたかったわけじゃない。

病気によって変わって行く母のことを玄希くんの前では話したくなかった。


泣いちゃいそうだから。

玄希くんの前では泣いちゃいけないのに泣きたくなってしまうから。


だから私はその話題を強制シャットダウンした。


中庭に出ると空は雲に覆われていて今にも雨が降り出しそうだった。

雲間からわずかに覗く太陽の光が私達を照らしてくれていた。

ベンチに腰掛け、以前のようにチョコを頬張りながら話をした。

玄希くんは小学校に行き始めて友達も出来たようだった。

先生も友達も玄希くんに優しくしてくれるらしい。

でも、彼にはそれが納得出来なかった。


「僕、特別扱いされたくない。皆と同じように走りたいし、鍵盤ハーモニカ弾きたいし、水泳もしたい。…なのに…なんで僕だけが出来ないの?もう治ったのに、どうして?」


それは彼の心の叫びだった。

私は胸がズキズキと痛かった。


自分もそうするだろうと思っていたから。

心臓が弱い子がいたら、気を使ってなるべく負担が無いように配慮するだろうし、一緒に遊ぶのも控えると思う。

でも実際には真逆のことを玄希くんは望んでいる。

よかれと思ってしていることが必ずしも本人のためになっているとは言い切れないのだと理解した瞬間だった。


「僕、晴香とキャッチボールしたい。野球やりたいんだ。お父さんがヤンキースのファンだから、いつか一緒に見たい」

「分かった。良いよ、やろ!」


私達は病院の待合室に置いてあった新聞を盗んで来て、売店で売っていたガムテープを、丸めた新聞紙にグルグル巻きつけた。

お手製のボールを私達は思いっ切り投げ合った。

コントロールが上手くいかず、時々中庭を散歩している年配の患者さんに当たりそうになってヒヤヒヤした。

それでも心地良い風に吹かれ、吹き出た汗を拭うとスッキリとした気分になった。

玄希くんも満足そうに芝生に寝転がり、疲れた体を癒やしていた。


「運動するってこんなに楽しいんだね」

「そうだよ!だから、これからもいっぱい走ったり、ボール投げたりしようね!」


寝転がりながらも私達は指切りをした。

約束はどんどん増えていった。
< 104 / 134 >

この作品をシェア

pagetop