HARUKA~愛~
その話を聞いた時、私の心にはどんな感情も湧き上がって来なかった。

薄々感づいてはいて、いつかその日が来るとは思っていたけれど、まさか受験前のこの時期だとは思ってもみなかった。






父が大事な話をする時は、決まってショートケーキが登場する。

私のご機嫌を損ねない為の策略だということは、小学生に成り立ての頃からわかっていた。

サンタクロースがプレゼントを持って来てはくれないのも知っていた。

それだけ私は大人びて、子供らしくない子供だった。

どうしてそんな子供になってしまったのか、理由はただ一つしかないのだけれど…。





父は、家にある唯一の丸テーブルの一番テレビが見える位置に律儀に正座していた。

時刻は午後11時13分。

相当待ちくたびれたようだった。

首は時々こくりこくりと上下運動している。

私はそんな父を一瞥して隣の部屋に自分の荷物を置いた。

ガサッと音が鳴り、父は閉じかけていた瞼をこじ開け、私の方に首を回した。


「晴香、お帰り。お父さん、ケーキ買って来たから…」

「わかってる。話があるんでしょ?」


父は首を縦に振った。

私は意を決して父の目の前に座った。

ボロボロになった座布団が妙に安心感を与えてくれた。


「晴香、今から言うことは全て本当のことだ。だから、ちゃんと最後まで聞いてほしい」

「…わかった」


父は制服のポケットから1枚の写真を取り出し、私の前に置いた。

若い着物姿の女性と小学生くらいの男の子と女の子が映っていた。

残念ながら、父はその女性の左側にピタリと身を寄せていて、私には決して見せない満面の笑みを浮かべていた。


「お父さんな、晴香とお母さんに悪いことしてると思ってる。だが、恋ってのは落ちてしまったら止められないんだよ」


父はそう切り出した。
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