HARUKA~愛~
ヤツは放心していた。


叫んだ私の方も、訳が分からなくなって、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。

自分が咄嗟に口にだした言葉の意味が理解出来なかった。

たった二文字なのに色んな感情がごちゃ混ぜになり、発してしまった言葉は正しいか否かも定かでない。

気がつくと、瞼の裏が熱を帯びて来て涙がダムを決壊した。 


「蒼井さん、はい」


ヤツは星がたくさん散りばめられたハンカチを私に差し出した。

私は強引に受け取り、目元を押さえた。

どれだけ強く押さえても止まらなかった。  


なぜこんなに涙が出てくるのか分からない。

ヤツのために涙を流すのなんか一生勘弁だと思っていたのに…。


あの日と同じ痛みが全身に走る。

身体の一部がえぐり取られるような、激しく、心が潰され、手や足が金縛りにあったかのような鋭い痛み…。

立ち上がろうとしても力が入らないし、涙は止まらないし、どうすることもできない。


「蒼井さん、深呼吸して」


ヤツが背中をさすり出す。


ヤツの手はゴッドハンドらしい。

徐々に徐々に呼吸が安定していった。


「蒼井さん、大丈夫?」

「蒼井さんって言わないで」

「…えっ?」


私、何を言っているんだ?

せっかくキョリを取れたんだよ?

念願かなってあの日解放されたんだよ?





それなのに…
  





どうして…







口から出る言葉と心の中にある感情が真逆で脳が追いついていない。

十分な情報が脳に伝達されないうちに私の口は動いてしまう。


「あんたが蒼井さんなんて言うのおかしいから!あと、そのしゃべり方、全然キャラじゃないし!のびのびねちっこくしゃべるのがあんたでしょうが!!どうしてそんなムリすんの!?私、なんかした!?」


一気に言いたいことを全部ぶつけてなんだかすっきりした。

胃の痛みやムカつきも一気に取れてなぜだか爽快な気分になっていた。

逆に私の負の感情を受信してしまったヤツの方が茫然としてしまった。


「なんか…ごめん。私、今日調子悪いみたい。色々言っちゃったけど気にしないで。…じゃあ、帰るね」


これ以上混乱させるのはさすがに可哀相だから退散しようと立ち上がり、踵を返した。






―――その時だった。









左手に力が加わった。




振り向くとヤツと目があった。

一瞬、ほんの一瞬、心臓がドクンと跳ね上がった。


「はるちゃん…やっとこっち見てくれたね」


ヤツは…笑った。

どんな花火よりも、どこに咲いている向日葵よりも私の心を強く強く打った。



動けなかった。

動きたくなかった。
 

ヤツを見てあげたいと初めて思った。

ヤツを真っ直ぐ見たいと初めて思った。



「あのさ…」



私はヤツに聞きたかった。

線香花火の理由を…。

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