HARUKA~愛~
「はるちゃん、気にしなくて良いよぉ。はるちゃんって呼ぶとなんとなく遥奏くんに悪いかなぁと思って言わなかっただけだから」
ヤツは最初にそのことを謝罪した。
別に謝罪するようなことでもないのだが、私がそうさせてしまった。
ヤツは、人のためならいつでもどこでも笑う。
絶対に悲しんだり、辛そうにしたり、泣いたりしない。
しかし今日、ヤツは泣いていた。
ヤツはそのことには触れずに話を続けた。
「はるちゃんにバカって言われてびっくりしちゃったよぉ。そんなにはるちゃんって呼んで欲しかったの?」
「別に、そんなんじゃないけど」
「またまたぁ、強がっちゃってぇ。はるちゃん変わらないね、そう言うとこ」
「うるさいなあ…!っていうか、私の質問に答えてないよね?ちゃんと答えてよ。あんたが泣いててこっちだってびっくりしたんだから」
ヤツは一瞬影を落とした。
毎年見て来た影と同じ波長を感じた。
「そのうち分かるよぉ。だから今は言わない」
「なにそれ?意味不明」
ヤツはまた笑って誤魔化す。
今日のところはこの位にしておこう。
しばらく時間を置いてからまた聞くしかない。
今度こそは必ず聞き出してやる。
「わぁ、もうこんな時間だ!じゃあ最後に線香花火やって終わろぉ。はい、はるちゃん」
線香花火を手渡されるも、金魚も大判焼きも持っている私は受け取れない。
まごまごしているとヤツが半透明のビニール袋をロックオンした。
どうやら狙った獲物は逃がさない精神が発揮される時が訪れるみたいだ。
「それなぁに?」
「大判焼き。…何?食べたいの?」
ヤツはうんうんと激しく首を縦に振った。
仕方なく1個あげた。
「はるちゃんも食べよぉ」
「さっき食べたから良い。しかも太るし。…って、前も言った気がする」
そう言えばクリスマスの日も夜遅くにヤツと2人きりで過ごしていた。
特別な関係じゃないのに自然の成り行きでこうなってしまうのはすごい。
すごいっていうのは、古典では“すごし”のイ音便。
つまり、ぞくぞくとする恐ろしさをも意味する。
どちらかというと、古典の“すごい”の方の気分だった。
「前に言われてもあとに言われても、おれは、はるちゃんの口に入れるよぉ」
「だから嫌だって言って…」
口に放り込まれた。
甘いあんことちょっと固くなった生地…。
やっぱり美味しかった。
むしろさっきより美味しく感じた。
「はるちゃん、食べる姿天使だよねぇ。めっちゃ美味しそうに食べるもん」
「冗談はいいから、さっさと食べて線香花火やるよ」
「う~ん、やっぱりやらなぁい。はるちゃんとやるならもっと楽しいヤツやりたいから今日はいいや」
散々待った挙げ句、これだよ。
ため息も出ない。
私はヤツとここで時間を共に過ごしてしまったことを非常に後悔した。
結局、いつもヤツに振り回されて終わり。
私は無意識のうちにヤツの魔法にかかっているのかもしれない。
ヤツに心を開くのはまだまだ先で良い。
いや、一生ないかもしれない。
私は今度こそヤツに背を向けて歩き出した。
でも、残念なことに下駄だ。
あっという間に私の左隣にはヤツが並んだ。
「まあまあ、そんな焦らずに。ゆっくり行こぉ」
「ちゃっかり私の隣に並ばないで。パーソナルスペース不法侵入で通報します」
私がそう言うと、ヤツはちょっと複雑な笑顔を浮かべた。
「大丈夫。今日だけだから。はるちゃんの隣はおれじゃないから」
ヤツはそれきり口を噤んだ。
月が夜空のど真ん中で私達を照らしている。
熱帯夜で今夜は寝苦しくなるだろう。
ただ、私が寝苦しいのはそれが原因じゃない。
―――ヤツ、だ。
考えないようにしても考えてしまう。
ヤツの笑顔の裏にある影はまだ不明瞭なまま。
私はヤツを知りたいの?
知ってどうするの?
私はヤツが分からない。
私は私が分からない。
午前1時21分56秒。
まだ見えない光を探していた。
ヤツは最初にそのことを謝罪した。
別に謝罪するようなことでもないのだが、私がそうさせてしまった。
ヤツは、人のためならいつでもどこでも笑う。
絶対に悲しんだり、辛そうにしたり、泣いたりしない。
しかし今日、ヤツは泣いていた。
ヤツはそのことには触れずに話を続けた。
「はるちゃんにバカって言われてびっくりしちゃったよぉ。そんなにはるちゃんって呼んで欲しかったの?」
「別に、そんなんじゃないけど」
「またまたぁ、強がっちゃってぇ。はるちゃん変わらないね、そう言うとこ」
「うるさいなあ…!っていうか、私の質問に答えてないよね?ちゃんと答えてよ。あんたが泣いててこっちだってびっくりしたんだから」
ヤツは一瞬影を落とした。
毎年見て来た影と同じ波長を感じた。
「そのうち分かるよぉ。だから今は言わない」
「なにそれ?意味不明」
ヤツはまた笑って誤魔化す。
今日のところはこの位にしておこう。
しばらく時間を置いてからまた聞くしかない。
今度こそは必ず聞き出してやる。
「わぁ、もうこんな時間だ!じゃあ最後に線香花火やって終わろぉ。はい、はるちゃん」
線香花火を手渡されるも、金魚も大判焼きも持っている私は受け取れない。
まごまごしているとヤツが半透明のビニール袋をロックオンした。
どうやら狙った獲物は逃がさない精神が発揮される時が訪れるみたいだ。
「それなぁに?」
「大判焼き。…何?食べたいの?」
ヤツはうんうんと激しく首を縦に振った。
仕方なく1個あげた。
「はるちゃんも食べよぉ」
「さっき食べたから良い。しかも太るし。…って、前も言った気がする」
そう言えばクリスマスの日も夜遅くにヤツと2人きりで過ごしていた。
特別な関係じゃないのに自然の成り行きでこうなってしまうのはすごい。
すごいっていうのは、古典では“すごし”のイ音便。
つまり、ぞくぞくとする恐ろしさをも意味する。
どちらかというと、古典の“すごい”の方の気分だった。
「前に言われてもあとに言われても、おれは、はるちゃんの口に入れるよぉ」
「だから嫌だって言って…」
口に放り込まれた。
甘いあんことちょっと固くなった生地…。
やっぱり美味しかった。
むしろさっきより美味しく感じた。
「はるちゃん、食べる姿天使だよねぇ。めっちゃ美味しそうに食べるもん」
「冗談はいいから、さっさと食べて線香花火やるよ」
「う~ん、やっぱりやらなぁい。はるちゃんとやるならもっと楽しいヤツやりたいから今日はいいや」
散々待った挙げ句、これだよ。
ため息も出ない。
私はヤツとここで時間を共に過ごしてしまったことを非常に後悔した。
結局、いつもヤツに振り回されて終わり。
私は無意識のうちにヤツの魔法にかかっているのかもしれない。
ヤツに心を開くのはまだまだ先で良い。
いや、一生ないかもしれない。
私は今度こそヤツに背を向けて歩き出した。
でも、残念なことに下駄だ。
あっという間に私の左隣にはヤツが並んだ。
「まあまあ、そんな焦らずに。ゆっくり行こぉ」
「ちゃっかり私の隣に並ばないで。パーソナルスペース不法侵入で通報します」
私がそう言うと、ヤツはちょっと複雑な笑顔を浮かべた。
「大丈夫。今日だけだから。はるちゃんの隣はおれじゃないから」
ヤツはそれきり口を噤んだ。
月が夜空のど真ん中で私達を照らしている。
熱帯夜で今夜は寝苦しくなるだろう。
ただ、私が寝苦しいのはそれが原因じゃない。
―――ヤツ、だ。
考えないようにしても考えてしまう。
ヤツの笑顔の裏にある影はまだ不明瞭なまま。
私はヤツを知りたいの?
知ってどうするの?
私はヤツが分からない。
私は私が分からない。
午前1時21分56秒。
まだ見えない光を探していた。