ヘレナにはなれない
「どうだった?」
一連のやりとりを終えて、デメトリアス役の田嶋君は私にそう尋ねた。
「うーん……田嶋君、ヘレナに冷たくするシーン苦手?あんまりうんざり感が伝わってこない気がする」
私は台本を見ながら一つだけ気になったことを指摘する。
「田嶋くんの言い方だと、まだヘレナに情があってそこまで冷たく扱いきれないって感じがするんだよね。この時のデメトリアスは本当に最低男だから、もっと嫌ってる感出さないと」
「はは、糸井さん容赦ないなあ」
「あ……ごめん、偉そうに言いすぎた?」
はっとして謝ると、田嶋君は気にしないとでも言うように笑って手を振った。
空いた窓から通り抜けた風が、田嶋君の髪を揺らした。教室には今、私と彼のふたりきり。
放課後の教室。私達は、文化祭で行うクラス劇の自主練習をしているのだ。
演目は、かの有名なシェイクスピアが書いた「真夏の夜の夢」。ざっくり言うと、こじれた三組のカップルの仲を取り持とうと、妖精パックが惚れ薬やらを使って奔走する話だ。
私たちがやっているのはそのうちの一組、かつての恋人ヘレナを捨て、他に恋人のいる許嫁ハーミアに言い寄るデメトリアスと、彼に捨てられてからも一途に追い縋るヘレナだ。