ヘレナにはなれない
「嫌ってる演技……苦手なんだよなあ」
「苦手そう。じゃあ練習しないと。このシーン、もう一回やる?」
「うーん、糸井さんがもっと俺のこと好きって感じでやってくれるなら」
「う」
痛い所を突かれた私は思わず小さく呻いた。そう、私は田嶋君とは真逆で、恋焦がれる演技──情熱的な演技が、いっとう苦手なのだ。それこそ、棒読みと言ってもいいほどに。
情熱的な台詞が棒読みのヘレナと、嫌う演技が下手くそなデメトリアス。先ほどのシーンは、はたからみたら滑稽なことこの上なかっただろう。
「……なんて言うのは冗談で、少し休もっか。その後再開しよう」
自分の下手さを自覚しているので自然と俯いた私に、田嶋君はそう声をかける。実際さっきのシーンはあれが五回目くらいだったので、私は素直に頷いた。
「うん……ごめんね、尾野ちゃんみたいに上手じゃなくて」
「あ、いや練習だし。俺が糸井さんとやりたいだけだから。とりあえず、休憩しよ」
田嶋君はそう言ってくれているけれど、やっぱりこんなに下手くそで良いはずが無い。──いくら練習のための、代わりだからと言って。
そう、私は、本当のヘレナでは無いのだ。本番、舞台の上でヘレナ役を演じる子は別にいて、私はデメトリアス役の田嶋君の練習に何故か付き合っているだけの、衣装係にすぎない。