ヘレナにはなれない

これは演技だ。そう、解っているはずなのに、自分に言われている言葉だと、錯覚しそうになる。この言葉は、視線は、全てヘレナに向けられているもののはずなのに、自分がそのヘレナのような気さえしてくる。次の台詞を言うことを、一瞬忘れてしまう。

「あ……」

私が出来ることと言ったら、馬鹿みたいに田嶋君を見つめ返しながら、呆けることしかなくて。

「…………台詞飛んだ?」

三秒だったのか、三十秒だったのか。その沈黙を、空気を切り裂いたのは、にやりと笑った田嶋君その人だった。

「うん……」

その通りだった私は小さくなって頷く。所詮練習相手の私が、ヘレナの全台詞を暗記などしているはずもないのだけど。

「だよね。どうしようって顔してた」

「う……、に、にしても流石、田嶋君上手だね……!」

にこやかにそう言う田嶋君を、そのままの距離感で見てしまった私は、途端に恥ずかしさがこみ上げてきて手を振り払った。上ずった声でいいながら慌てて距離をとっても、なんだかまだ、ドキドキが止まらなかった。

「うん、ほんと、めちゃくちゃ上手だね……」

七歩ほど離れたところで、私は田嶋君を見ないようにして深呼吸をする。とりあえず、気分を落ち着けないと。
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