水晶の探偵


政人の声にうなずき、香恵は逃げるように歩いていった。

その目には涙が浮かんでいたように見えた。


「暑くなるとどうも駄目だ。適切な言葉が浮かばない。
そんなときは、なにかしらスープ系のもので初心に帰るんですよ」


ゆっくりと語る政人。


「スープはフルコースの前菜として一番最初に出てくる。
だから私は我を忘れそうなとき最初に抱いた気持ちを思い出す為に、スープを飲む。
そうすると、適切な言葉が浮かんでくる」


「適切な言葉とは……」


おずおずと知也が尋ねた。

先程の笑顔は消え、すっかり弱腰になっている。


すっと知也を見据える。


「香恵をあきらめさせるための言葉だよ。

それ以外に何がある」


冷静に言い放つ。

知也は何も言い返せなくなった。



流れる沈黙……






< 26 / 50 >

この作品をシェア

pagetop