恋の人、愛の人。
・プロローグ
「陽佑さ~ん…」

「…うん?」

どうしたんだ?

「私…特殊な力もないのに、不思議な夢を見てしまいました…」

無意識なんだろう、グラスの中の氷を指で触れていた。

「…んー?早々に結論を言うみたいで悪いけどさ、夢だろ?」

「はい…?そうです、よ?」

「だったら、不思議は当たり前、夢なら何でもありだろ?」

「…そうか、そうだった。…そうでしたね。内容が内容だったので、ちょっと何か、力が働いているのかと思ってしまいました。そうか。…そうですよね。夢、ですもんね…何でもありですよね」

「ああ、そういうもんだ。フ、疲れてるんだろ。特殊な力?そんな風に感じるくらいなんだから、余程不思議な夢だったのか?」

いつものようにグラスを拭いていた。

「んー…、でも…どんなシチュエーションも、夢だとありだと気がついたら、何でもないのかな…。…そう…夢だもんね~…」

がっかりってところか。

「まあまあ…で、どんな夢見たんだ?もう話しついでだ、いいから話してみろよ。別に驚きもしないし、茶化したりもしないからさ」

夢なんだから。

「あ…う、ん。……んー、………あのね…昨夜のは…とうの昔に終わった彼が、部屋でご飯を食べたんです」

「…あ、ん?昨夜は、てことは…別の日も見たのか?その、終わったっていう彼とやらの夢…」

元彼の夢か…。そりゃあ見ることもあるだろ。色んな思いと共に記憶されてるんだから。…ふ~ん、元彼ね…。

「…ゔ~ん。前は確か…2ヶ月くらい前に。…その前は更にそこから3ヶ月くらい前でしょ…それから…」

頻繁ではなく、随分間隔は空いてるんだな。何とも…。罪つくりな夢だな。嫌でも思い出してしまうだろ、その元彼とやらのこと。

「それ…間違いなく夢だよな?…」

生き霊とかじゃないよな。突拍子もないこと考えちまったけど。冗談でも言うと怖くなるといけないから言わないけど。あまりに念が強いと、本人の意思関係なく現れるって言うじゃないか。…少しずつ間隔が狭まってるんだな。迫って来てるみたいで考えると何だか怖いな…。

「え?うん、夢ですよ。え?まさか、本当に本人が来て何かしてるって言いたいのですか?」

「いや、違う違う」

そうじゃないんだけど。

「それは…時間的にしてる内容が合わないからないですよ…。現実だとしても鍵だって持ってないし。目が覚めたと同時に誰も居ないから夢で間違いないんですよ」

「ああ、まあ、な」

「…その、昔の彼はですね、夢の中で、自分の荷物を取りに来たり、洗濯物を取り込んだり…二人で居た時の、普通の生活でしてた事をするんです。…昔、こうだったなって…思い出してしまうくらい如実になんです…」

「たまに夢に現れては、一緒に暮らしてたみたいな事ばっかりする夢なのか」

んー、こっちはこっちでなんか夢に出てきて欲しいって意識が、どっかにあるんだろうかな…。だから見てしまってる。……まだ忘れられないってことなんじゃ…。

「…うん。…そうなんです。一緒に居た部屋がいつも夢のベースなんです」

未練があるとか…また、そうしたいと願ってるんじゃないのか?
どっちか解らないけど、余程思いが強いのかねぇ…。……夢を操れるとか。それは…飛躍し過ぎだな。出来たら恐いわ…。もの凄い念だよ、それ。

「ちなみに今住んでる部屋は?」

「同じです、その頃と同じです、昔からずっとそのままなので」

…そうか。なる程…余程、忘れられない相手なのか。…それとも部屋を変える事が面倒臭かっただけなのか…。

「引っ越さなかったのか…、その…、終わった時に。よく引っ越すだろ?清算的にっていうか。思い出してしまいたくないようにとか、さ」

「そうですよね。……でも…元々私の部屋だったので…。
私の部屋の方がいいからって言われて、私の部屋に…」

「そうか…そうか。ゔ〜ん。別にそのままで、嫌って事もなかったのか」

良くも悪くも、そこに居れば思い出す事ばかりだろうに…。

「はい、全然、そこは何とも。でも…、流石に暫くの間は、そこにまだ居るような思いにかられました。残存思念?みたいなモノが、まだ部屋に居るみたいな…、存在を感じました。
何だかまだ一緒に生活してるような気になって…不思議な感じでしたね…。
定位置ってあるじゃないですか。いつも居るソファーの前に、声、掛けそうになりました。…座ると、何だか横に居るみたいにも…思いました」

…だよな。まあ、なるわな。それだけどっぷりと……だった。
夢だと思えば夢だけど…。ふぅ…本当はその元彼、妙な力、本当にあったりしてな…。んな訳ないか。
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