恋の人、愛の人。
「ご馳走様でした。送って頂き有り難うございました」
手を取られ、車から降りながらそう告げた。
「ん、では…また明日…」
朝、会えなかったら、来てくれると嬉しい。言い方は少し訂正されたようだ。手を繋いだままそう耳元で囁かれ、空いていた腕を回され軽く抱きしめられた。
部長は車に乗り込むと中からこっちを見て軽く手を上げ帰って行った。
……あ、いけない…また、ぼーっとしてしまった。…はぁ。…。
部長にとっては、車から降りてドアを開ける事も、手を取ってエスコートする事も、当然のようなモノのようだから…。
結婚している間も、公の場所では奥様にもしていた事だろう。仲違いしていても、子供みたいに…嫌だからしないなんて事はなかったのだろう。
当たり前のように部長からの電話をとってしまったけど、よく考えたら、私は私の番号を教えてはいない。何故解ったのだろうか…。“部長”だからかな?…。
…んー。明後日は黒埼君とご飯だ。
追加メニューを考えておかないと、材料だって買わないといけないし。
裏通りに向かって歩いた。
お店の裏から鍵を開けて入った。
店はまだ営業中だ。
部屋に入ってベッドに突っ伏した。…はぁ。何だか身体が急に怠い…。
このベッド、私にこうして衝突されてばっかりね…。
ゴロッと寝返って天井を見つめた。…何をしてるんだろう。
…シャワーして寝よう。
服を脱ぎ捨て、シャワー室に入った。
お湯に当たりながら、ここ最近、稜の夢を見てないと、ふと思った。
今は夢にまで出て、私を混乱させてはいけないと思ってくれているのかな…フフ、…フ、…はぁ。
稜はどうしているのだろう。それが何だか気になっていた。
ワーッと思い起こされた感情も落ち着いてはいた。どんなに湧き上がってきたとしても、終わったこと、過去の事だから。
何もかも、基準になっているのは夢だから。
それを元に感情を高ぶらせても…虚しいという事を自覚しないと駄目だ。夢は夢だ。現実にはならない。もうあの頃に戻れる事もない。
そう思えばこうして思いを巡らせることは全く意味のない事かも知れないんだ。
自分だけが稜にとって特別な存在だったと思うのは私の自惚れ…驕りだ。そうだったなら終わってなんかなかっただろうから。……そうなのよ。誰かに、そういうことだろ、って念押しされないと解らないのかな……。
今はもっと大切な人と居るかも知れないのに…。はぁ…。