恋の人、愛の人。
「…美味しいよ」
少し冷めたようだ。
「そうですか…良かったです。夜とはいえ、暑い時期に熱い物を…すみませんでした」
作って勧めてからではもう遅いけど。
「いや。ラーメンだとしても熱い。しかし、手際がいいな」
「大した物も作らないのに、お待たせしてしまっては駄目だと思って、だから、少しでも早くと、先に部屋に戻って来ました」
「待つのは一向に構わない。店に行っても提供されるまでは待つのだから。
…ご馳走様でした。迷惑を掛けてしまったな。本当に美味しかったよ、有り難う」
漬け物を口にして、お茶を飲んでいる。
「ん…、これも美味しいよ。白いご飯が食べたくなるな」
「有り難うございます。…これも簡単な物ですから。…漬けるだけです」
「ん。でも、有ると無いのでは違うと思うよ?ご飯を食べてる時は食べたくなる味だ」
「あの、何も、お茶菓子も用意がなくて。インスタントで良ければ珈琲を入れますが」
「…ん…では、濃いめに、少なく頼めるかな」
「エスプレッソ、という事ですか?あ、まあ、それ風にしか出来ませんが」
席を立ちお湯を沸かした。エスプレッソマシンがあれば良かったが、一人だと一杯の珈琲の為にお湯を沸かす事も面倒だとも思わないから。以前は使っていた。
…持っていたマシンは処分してしまった。
少しの香り立てになればと珈琲の粉に少量の水を入れ練った。沸いたお湯をゆっくり注いだ。
「…う〜ん?…いい香りがするな」
「そうですか?インスタントです。…どうぞ。何だかカップに量が合わなくてすみません。あいにくデミタスカップは無くて」
「いや、そんな事は気にしないでくれ。好みをつい言って…我が儘を言ってすまなかった」
「いいえ。好みはあります。言って頂いた方がいいと思います。ただ濃くなってしまっただけかもしれません。駄目だったら止めておいてください」
「いや、…大丈夫だ。…美味しいよ」
部長、珈琲がよく似合う…それに全てにおいて大人対応だ…優しいですね。ただ、…緊張感はどうしてもありますけど。
「…本当は日曜に会った時に話そうと思っていたんだが…、少し話をしても構わないかな」
部長が腕時計を見た。
「はい、少しなら」
部長だって、明日がある。長話は出来ないだろう。では日曜の予定は前倒しという事で無しになるのかも。
少しと言っていた話は予想もしなかったような内容だった。