恋の人、愛の人。
「蔵下稜は大学の後輩で、私の親友だ」

「え?」

そこから始まった話は、昔を懐かしむ話にはならなかった。


「梨薫さんがあいつの葬儀に居なかったのは、…初めはショックが強すぎて無理なんだと思っていたんだ。だけど、稜が最後まで病気の事を言わずに別れたという事を聞いた。話さないとは聞いていたが…本当に話さないままだったとは…。
本当に…知らなかったんだよね?私が今、話すまで」

「…はい。全く。…はぁ。…そんな…。私は、…一緒に居たのに…具合が悪そうだとか気づきもしませんでした…そんな事…」

…稜。稜は死んでいた?…本当に?…。病気?あれから直ぐに?そんな…嘘でしょ…嘘よ…。部長だからといって、こんな話、俄には信じられない。…信じたくない。

「梨薫さん大丈夫?」

「……はい。あ、はい。…あの、稜は…」

「うん…スキルス胃がんて、聞いた事ある?ない、よね」

「はい。病気に関しては疎くて…」

胃ガンの種類なんて解らない。

「うん…健康なら知らなくても普通だよ。スキルスは症状が現れにくくてね、解ったときには腹膜にも転移していたんだ。自分でも初期には解らないらしいんだ。がんの出来方が違うらしい」

…あぁ、だから。この事…夢でずっと何か言いたげだったのは、…そうなのね。あの夢は、私に話さなかった稜の後悔からなのかも知れない…。別れの訳を知って、そう都合よくこじつけてしまう。……稜。がんなんて、そんな……痛くて辛かった、苦しかったはずよね…。

「どうしても言えなかったんだと思う。だけどね、稜は俺に言付けていたんだ。
その時の…状況に応じてなんだけど…死んで3年くらい経ったら、俺との事もそれなりに薄らぐから、梨薫に話してくれないか、ってね。…はぁ。
それが、…君の事を好きな私から話さなきゃいけないのが…辛くて。
私は知っている事を伝えないまま…隠したままと言った方がいいね。会社での君をただずっと見守って来た。
どっちが良かったのかは私には解らない。
最期の時を迎えるまで一緒に居る事も出来た。だが、稜はそれを選ばなかった。その気持ちは解る、解るよね?解ってやってほしいんだ。
君の人生が稜で囚われてしまうからだよ。最期迄一緒に居たら喪失感から逃れられなくなる。自分を責めるような思いになる事だってある。必ずなる。
だけど、知らないままの、ただの別れなら、忘れられる。別れる理由を言わなくても多分君は問い質して来ないだろうって言っていたよ。
終わりにしようと決めた人に聞いたって、終わる気持ちは変わらないんだって、そう思ってくれるだろうからって」

確かに…そうだった。私は問い質さなかった。理由が病気なら…それにもう治らないとこまで進んでたなら、聞いても余計言ってくれなかっただろう。理由のよく解らない別れは病気が理由だった…。

「…もう一つ。知っているから話すけど。黒埼は稜の弟だよ。黒埼は昔から…稜が君の写真を見せたり、君との事を話す度、君に惹かれていた。それを稜も気づいて知っていた」

「……え、…弟?…そんなこと…」

「うん…姓が違うだろって思ったんだよね」

「…え?え、は、い、でも…弟…」

頭がついていかない。…本当…に?…弟?稜と兄弟って言ってるの?

「両親の離婚で稜は父親の姓のまま、透は母親の方の姓になったからなんだ」

稜がもういないって…その上、黒埼君が弟だなんて…。
私…私は…何を…。……何だか…恐い…。

「…部長と黒埼君は、知り合いだった?…」

「いや、…知り合い…んー、まあ、知らない事は無い、くらいの事かな。稜の弟、くらいにしか認識はしていないよ。稜は学生の頃から実家には居なかったし。私と黒埼君は一回りも歳が違うからね。学生の頃だって、黒埼君はまだ小学生だからね。会ったとしてもお兄ちゃんの友達、くらいにしか思わないだろうね」
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