恋の人、愛の人。

………目が開かない…痛、い。…くっついてるみたい。
携帯のアラームが鳴っている。手探りで手を伸ばして取ろうとしたら、触れる前に止まった。

「ん、起きたのか?」

後ろで声がした。

「陽佑さん…居るの?」

背中を向けたまま返事をした。

「居るだろ…ん?どうした…」

「目が痛い…んです」

「どれ…、こっち向いて見ろ」

後ろから乗せるように回されていた腕が緩み腰に触れ、回された。同時にごそごそと身体を少しずつ動かして振り向いた。
顔に手が触れた。

「あぁ…これは、会社無理だぞ…。無理に開けるな」

「え、腫れてる?」

「ああ、相当腫れてる。痛いな、痛いよな。梨薫ちゃんが思っている以上に腫れてるぞ」

暫くずっと泣いたからな。擦れたのもよくなかったんだな。

「ゔ…そんなに?」

「ああ。ちょっと冷やしたくらいじゃ直ぐには引かないだろ…。気の毒だが、物もらいの騒ぎじゃないぞ。笑わす訳じゃないけど両目眼帯なんて出来ないだろ?
もう、休め休め。携帯で連絡しとけば大丈夫だろ」

「とにかく見たい、確認したい」

何とか出来る程度なら会社に行かないと。

「…見るのか?」

「え?」

「ちょっとしたホラーだぞ、ホラー」

「…解りました。連絡して後輩に頼みます」

「黒埼君か?」

「違います。それは色々と…各方面に誤解が生じます。女子社員にです」

「お、美人ちゃんか?」

「…可愛いですよ」

「じゃあ俺がする。家の者だって言って俺がする」

「…うちに陽佑さんみたいな人は居ません。ちょっと…、貸してください。顔が映る訳じゃないんで。私がします」

メールをしておく事にした。

【朝からごめんね。体調不良で休むって伝えて貰ってもいい?お願い出来ますでしょうか】

「へぇ、桃子ちゃんていうんだ。可愛くて桃子ちゃんて、出来過ぎてるな」

「この子はね、この漢字でとうこちゃんて言うんです」

「へぇ。桃子と書いてとうこね。トークのつかみ、ネタになる物も生まれながらに持ってるんだな」

「そうなりますね。あっ」

【解りました。大丈夫ですか?“好きじゃない”課長に言っておきますから、お大事にしてくださいね】

あ、良かった。でも、課長と話すのって、ちょっと悪かったな。

「言っとくって?」

「はい」

「これで大丈夫だな。ちょっと待ってろ」

陽佑さんが店の方に行った。


ブー、…。黒埼君だ…。

【休みって、大丈夫なんですか?】

え?なんでもう知ってるの?

【うん、体調不良って言ってあるけどそんな大した事じゃないから】

【会えないなんて寂しいなぁ…】

【仕事しなさい】

【はい、じゃあ。…大丈夫なんですよね?】

【うん】

【ゆっくり休んでください】

…ふぅ。


陽佑さんが戻って来た。

「これで冷やしてみるか…」

渡されたおしぼりが凄く冷えていた。

「氷水で冷やしたから。それと店は臨時休業にした。従業員にも連絡回したから。完璧。それから、その桃子ちゃんにもう一回メールして」

「え?…ぁぁ、気持ちいい…。あ、陽佑さん、今、何時ですか?もしかして、もう…」

瞼におしぼりを押し当てた。

「あ、悪いな、アラーム、セットし間違えた。早目にしたつもりでしてなかった」

あー、だと思った。

「で、メール。…明日も休むからって。…早く。一度で済むように、…早く…何度も手間をかけちゃうだろ。俺がしようか?貸して」

「え?あっ、ちょっと」

明日の事なんて解らないのに…今、急ぐ事ないのに。
それにもう、桃子ちゃん、言ってくれたから、また、言ってもらうことになっちゃう。
< 139 / 237 >

この作品をシェア

pagetop