恋の人、愛の人。
「お待たせしました」

「ん。じゃあ、行こうか」

荷物を手から取り、後部席に置くと、ドアを開けて乗せられた。


「あの…どこへ?」

どこかに行くのは解った。

「んー?…海?……ドライブして海に行って…、今夜は泊まり。それから朝、無理矢理起こして朝日に間に合わせて散歩」

…あ。

「陽佑さん、それって…」

「フ。俺が行きたくなったから、丁度休みになった梨薫ちゃんにつき合って貰おうと思ってさ?半ば強引にだけど。タイミング?」

陽佑さん…。

「いい人なんかじゃないからな。今回ばかりは、男、烏丸陽佑だ」

…いやいや、元々、俺は、男、烏丸陽佑ですから。

「もう…。陽佑さん、初めから男じゃないですか」

キーッ。

「キャ。…びっくりした…」

急ブレーキをかけて路肩に車が停まった。

「どうしたんです?忘れ物かなんかですか?」

「相変わらず……はぁ。そうじゃない。違う。今日はいつもの俺と思われたら困るんだ」

「え?」

「梨薫ちゃんは、男と、他に誰も居ない部屋に今夜泊まるんだ」

…ドキッ。顔つきが変わったのだと思う。

「そう。そんな風にドキッとして貰わなきゃ困るんだ」

「え…あの、だけど、私、今こうして車に乗ってるけど、最初からそうしようって承諾して来た訳じゃないですよ?」

何だかよく解らなくて、結果、ですよ?

「…そう、なんだよなぁ。そこは、今回は俺が強引に連れ出したんだよな…」

「はい。……でも、いいじゃないですか。術はあると思いますから」

はぁ?…術って。どっちの意味で言ってるんだ?梨薫ちゃんが回避出来る術って事か。それとも、俺に術があると言ってくれてるのか。

「どこに行ってるのかも知らないのに?」

どんな様子のところか知らないのに、何とか出来ると、思ってるのかねぇ…。

「海のある、海から近い宿泊施設ですよね?人が居ないって言ったら貸し切りか、別荘か、ですよね?」

「…別荘みたいなところだ」

「当たり?凄い、当たっちゃったんだ。だとしたら、別荘に部屋が一つなんて事はないでしょ?鍵とかも、かけられるでしょ?」

「まぁな…」

「だったら大丈夫ですよ。行きましょ行きましょ?」

…無邪気な小悪魔が…発動している。はぁぁ、俺に警戒心のかけらも無いのかね~。…はぁ。
…男だって、念押ししたはずだが?…。

「梨薫ちゃん」

「はい?」

「…いや、何でもない」
< 142 / 237 >

この作品をシェア

pagetop