恋の人、愛の人。

「わあ…可愛い…。なんですか、この可愛さ…。ここは、陽佑さんの持ち物なんですか?」

広い道を外れ、細くうねった登り坂を進んで来た。
駐車スペースに車を停めた。道の脇に、色味を抑えたお菓子の家のようなデザインの建物が建っていた。

中に入って導かれるように真っ直ぐベランダに進み出た。

……はぁ…海…。潮の香り…。

「一応な。見た通り、そんな大袈裟な感じじゃない。普段は管理込みで貸しているんだ。使わないと傷むから」

横に来て並んだ。

「ぇえ?そんなところ、急に空けたんですか?」

「融通は利くようになってるんだ。突然使いたい時は対処して貰う事も条件に入ってる。その方が借りてる方も油断出来ないだろ?いつも綺麗にしておかないとまずいから。
だから、食材だっていつも大丈夫だ」

何だか、オーナーって感じな話…。

「イメージする、別荘という程の代物ではないよ。…かなり古くもなったしね」

「ここから海岸線が見えるなんて素敵ですね。毎日見たいです」

ベランダのウッドデッキの柵から身を乗り出さんばかりになっていた。
…危ないと腕を回され止められた。
少し高い位置の傾斜地に建てられているから、ベランダも、突き出した面積が広く造られていた。

「住めばいつでも見られるぞ?だけど、時々、…偶にだからいいんじゃないのか?
…はぁ…少し昼寝でもしてゆっくりするか。あまり眠れてもないだろ」

「…はい。そうですね、では、そうします」

デッキチェアもあったが、うっかり日焼けしかねないので中のソファーに寝ることにした。
テーブルを挟み向かい合うように置かれたソファーはどちらも幅広で奥行きのある物だった。
横になり、置いてあったハーフケットを掛けた。

風が吹いていた。
開け放した高さのあるガラス戸。透けたカーテンがドレープを膨らませていた。

自然と瞼が重くなって来た。これだと直ぐ寝付けそうだ。
うつらうつら仕掛けた時、大事な事を思い出した。

あ、私…、部長に連絡をしておかないと、心配をかけてしまう。
しかも、今日も明日も休むなんて…土日も合わせて計画的に欠勤したみたいで…、このままでは事情を知らない部長に要らぬ負担を負わせてしまう。…稜の死を知って、ショックが深いのだと…。
部長に伝えておかないといけない。

正直に伝えた方がいい。
むくっと起きて携帯を取り出した。

【本日、休んでしまったのは、瞼が腫れてとても人前に出られる顔ではなかったからです。明日はただのずる休みです。
週末と重なってしまう為、休みを長く取ったようにみえますが、元気です、本当です。武下】

こんな時間だと、部長は忙しくしているだろう。伝われば取り敢えずそれでいい。
私に話してくれた事で、休む原因になったと負い目のようなモノを感じさせてはいけないし、私だって話してくれた事をそんな風には思ってもいない。事実を教えてくれた。部長は約束を果たした。
現実、瞼が腫れたと言ってしまうと、稜以外の理由はないと思ってしまうだろうけど。
そこは嘘をつくのは止めた。
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