恋の人、愛の人。
「昼はしらすのパスタでも作ってみるかな…。よそではしらすとか羨ましがられるが、ここいらでは海鮮は普段食べてる代物だ。
ここら辺一帯は海以外何もない。…散歩にでも行ってみるか?」
何となく目が覚めたら横になったままの陽佑さんが向かいから話し掛けてきた。
陽佑さんは寝ずに私の寝ている様子を見ていたのかも知れない。
「はい、ぶらぶらとただ歩きたいです」
「うん…じゃあ、先に散歩だな。ランチはいつでも、昼下がりでいいだろ」
「はい」
遥か先まで何も見えない。あるのは海だけ。これがいい。打ち寄せては返す波際を水平線を見ながら歩いた。
「何だかプライベートビーチの気分です」
「平日の昼間、人なんて居ないよなぁ………ぁ、でもないか…はぁ…マジか…」
ん?前から超大型犬に引かれたご婦人が歩いて来た。
ちょっと会釈してすれ違った。
犬種は…ボルゾイだと思う。大人しくて気品がある。白にグレーの斑点があって毛足の長い、少しカールのある毛をしたワンちゃんだった。
「恰好いい…。ね、陽佑さん、ボルゾイですよね今の。私も飼いたいな…」
「街中では中々大変かもな。気軽に散歩も難しいし。ドッグランとかに連れて行ってやって運動も沢山させてあげないといけない。病気だって、胃捻転にも気をつけないといけないぞ?」
「詳しいですね、なんでも知ってますね」
「…あれは…うちの犬だ」
「そうなんですね。……え゙ー!?じゃあ、今の人は?」
「あぁ、母親だ」
「え、あ、私、挨拶とか…」
「いいよ。あっちだって…気がついてて、声を掛けなかったんだ。気を利かせたつもりだと思うから、そのままでいいよ」
「でも…」
「なんて挨拶するつもりだ?」
「あ、そうか。お店のお客ですって言ったら、平日にお客と何してるんだって事になるか…だったら、お世話になってる者ですって言ったら…言われた方が複雑になっちゃうか…」
「フ、だから、見て見ぬ振りをされたんだよ、いいよ、このままで」
…でも。
振り向いて、砂に足を取られながら全力で走った。
「あ、おい…」
もう、今、いいって言ったばっかりじゃないか…。なんて言うつもりだよ。変なことになるって言ってただろ。どう見たって…、そういう風にしか見えてないんだから。…はぁ。
「あ、あの…はぁ、すみません。知らなくて、すみませんでした。私、武下梨薫といいます。
陽佑さんには、…あの、上手く言えないのですが、迷惑ばかりかけて、凄くお世話になっています。あの、それだけです」
「あ、…まあ、フフ。ご丁寧に、有り難うございます。私は馨(かおる)といいます。一応、この子の母親です」
「…おい」
「では、失礼しますね。…陽佑を、よろしくね?」
…、おい…だから、勝手に自己紹介なんて…。
…ややこしくなるから。