恋の人、愛の人。
「…寂しく、なりたいのか?」

…追い込み過ぎか。

「今の話は黒埼君に対して限定の話なのか。
それとも…、黒埼君ではない…他の誰かに好意を持たれても、その相手にやっぱり恋する事はない、一人がいいと言えるのか…そう思っているのか。
…俺の話も例え話に出ていたが…、俺はこういう店の商売をしている。ここにはどんなお客さんだって来る。どの人も大事なお客さんだ。
その人が話す事はここだから話せる話だって事もある。どんな話も、主人公は大概自分だ。
…楽しい話ならより楽しくなるように聞くし、楽しく返す…辛い話なら話が尽きるまで聞く。
なるべくそう努めているつもりだ。
こっちの気持ちは関係ない。
どんな状態の気持ちでいたって仕事中は消す。…嫌な顔をして相手をする訳にはいかない…。
それは当たり前に俺の仕事の内だと思っている」

…ここでの私の話は…仕事だから聞いてくれていたと言いたいの?
そう取れと言っているの?……。どんなに面倒臭い話でも、一応お客さんだから、そこはおくびにも出さず合わせて聞いていたって…。
部屋を使ってもいいと言ってくれた事も、お客さんが困っていたから…。

「…鍵は返しました、帰ります」

バッグを握って店を出た。

「あ、おい、話はまだ途中だ…ろ。って…もう聞く気が無いから帰ったんだよな…はぁ」

話はちゃんと最後まで聞いてから帰れよなぁ。…自分の解釈で思い込んで…これでまた当分店には来ないだろう。…はぁ。そんな俺だけど、梨薫ちゃんと居る時は本来の自分で居られるんだよな、ってとこまでは、せめて聞いてから帰ってくれよ…。これじゃあ…はぁ。
…この部分を俺の口から聞かないと、梨薫ちゃんに対しての俺は、そういう人間としか見られて無かったって事だ…。心無く話を聞いていたと思った訳だ…。だから…、あんな風に帰った…。

んー、つまり俺の事は、…つき合いが長くても何も見えては無いという事だ。それだけの人間だって事だった。
…そうなるよな?
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