恋の人、愛の人。
「…どうぞ。俺も頂きます。“愚痴”はもう終わり?」

…。

「…そんな風に、私の話を聞いてくれようとするバーの人が居るんですけど。…とても、どんな話もいつも聞いてくれて、だから私…お客さんにというより、それ以上に親切に接してくれる事もあって、だから私は…とても甘えてしまって。
…だから、それがよくないと思って、鍵も返さなくちゃと思って、その人に返したんです」

「何故?」

「え?」

「その人…甘えられて、迷惑がっていましたか?…面倒臭いなんて言われましたか?」

「それは…だから、お客さんだから言わないと思います」

…さっき自分で、お客さん以上に親切にされてるって言っただろ?そう感じたんだろ?

「ただのお客さんに…深く関わると思いますか?」

「それは…」

「…それは?」

「解りません」

…あ゙。はぁ…何…解らんのか…はぁぁ。…そんなに鈍いのかねぇ…。本当…話して楽し〜い、くらいに思ってるって事か?感じ取った事は即忘れてしまうのか。…そんなに心に残る程では無いって事だ。ただのお客だと、それでいいと思ってるのは梨薫ちゃんの方で、特別な感情は持ってない…俺がどう接してもそれに対して機嫌を悪くする必要もないじゃないか。……はぁ…本当…解らなくなるよ。
…まあ、嘘で合わせてくれているのでなければいいってくらいの事か。気になるのは人間性の部分?
それだけなら、…受ける側もお客さんの感情って事か。そうだな、だから解らない、考えもしない。ずっと長く…そういう感情で来てくれていたって事か…。そうだろうな。
初めて来た時は、静かで…何も話す事もしないで、ただ一杯のカクテルを眺めて、溜め息をつき、ゆっくり時間を過ごして帰った。…楽しい酒というのでは無い事くらい解ったけど。
それからだよな。
来る回数が徐々に多くなって、ちょっとずつだけど顔つきも、表情のあるものになって来て…。
いつも飲んでいるカクテルには理由があっての事だろうと思ったが。
極力、こちらから話し掛ける事はしないのだが、他の物も試してみませんか、と話し掛けてみたんだったな…。
勿論、最初は黙って首を振られた。…そうだろう。放っといて欲しいから静かに過ごしているんだ。それからは話し掛ける事はしなかった。
更に何度か来てからの事だ。やっと…、初めてだ。
…あの、何か、いつもと違う物をお願いできますか。そう言って来た。それは…注文と言えば注文の会話だ。だけど、やっとそれから他のモノに目を向ける事が出来る状況になれたんだなと思った。

彼女が飲み続けていたのは『ブルーラグーン』…。
意味があって飲んでいたとするなら、男性が大切に思っている女性に勧める、…そんなカクテルだ。的外れの深読みかもしれないが、ここに来て、忘れられない人を思って飲み続けていたのかも知れない、と思っていた。
俺は珍しくもない、極々当たり前に口にしているであろうモノを提供した。居酒屋に行った事があればよく注文される物でもある。
どうぞ、『カシスソーダ』です。と言ったら、少し顔が上がって、…有り難うございます、と言ったんだ。


「…ではそのままでいいのではないですか?」

「え?」

「解らないと思ってるのであれば、今まで通り、…飲みに来て、話したい事を話せばいいと思います。その事を深く考える必要は…貴女にとって全く必要無いんだと思います。
それが、貴女がここに来ている目的だからです。貴女にはそれ以外他には理由が無いからです」

「そういう事なのかな…」

あ、はぁぁ…そういう事だろ?解んないんだから仕方ないだろ?…。強めに言ったら認めないって。
何故納得しないんだ。
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