恋の人、愛の人。
「知らなかったとはいえ、…兄貴とは終わった…次は弟と、だなんて…。そんな風に人に見られたくない?…フ、違いますよね…。そんな事じゃない…。
……兄貴は、どんなに望んでも梨薫さんと一緒に居る事は叶わなくなった…叶わなかった。…苦しんで、…心も、身体も苦しんで死んだ…」

…。

「頼りない…年下というだけじゃなく、そんな兄貴の弟だって解ったから、だから、好きになるとか、余計無いって、思い始めましたか…」

…。

「それって、もし梨薫さんが、本当に俺を好きに思って苦しむのだとしたら、稜の弟を理由に…逃げるんじゃなくて、乗り越えないといけないモノなんじゃないんですか?…好きならです。
……フ。…解りませんよね…。
…梨薫さんは解らないって…言ってるんだから。俺は梨薫さんの事が好きでも、梨薫さんの気持ちは知らないですから」

「黒埼君…」

「はぁ。一言、聞きに来ただけなのに…、独りよがりに粘ってすみませんでした。
俺は、確か、断られたんでしたよね?じゃあ、…帰ります。…明日、また会社で、ですね」

あ、…。


「待って…、待って、黒埼君」

「え」

なんで追いかけて来るんだ…。

「違うの…違うのよ」

え?それって…。

「違うの」

エレベーターの前で追いついて正面から両腕を掴んだ。

「梨薫さん…違うって、じゃあ…」

「稜の弟とか、関係無いの、そこじゃないの」

え…。

「どうしても可愛いく見えてしまうの」

あ、…またか…。つまりは…年下だから無理って…。はぁ。また似たような目に…デジャヴュだ。毎回、追い掛けて来といて…期待させるよねー…駄目の念押し。本当…。これ、いじめだよな…。こんなんばっかりか俺って。…はぁ。

「だったら…、もうその事なら放っといてください。充分解ってますから。あとは梨薫さんの気持ちの変化を待ってるだけですから。…もう、…現状維持で構わないんですから、俺」

逆に、兄貴の弟だって事はネックには思ってないって事だ。傷つけまいと言わないでいるだけかも知れないけど…。それが解っただけでも収穫じゃないか。

「梨薫さん…」

掴まれたままで手を引いて抱きしめた。

「あ、ちょっと…」

「無防備なのがいけないんです。可愛いってのも、それはそれでいいじゃないですか。別に俺は可愛いってままでも気にしませんよ?…いいじゃないですか、可愛いんでしょ?…だったら可愛がってくださいよ…。それで俺が頼れる男になれば問題無い訳でしょ?
抱きしめてます…でも悲鳴とか突き飛ばすとかしない。生理的に受け付けられないとか、男としてドキドキ出来ないって事じゃないんでしょ?」

…。

「ですよね?今だって、ほら、こんなにドキドキしてるじゃないですか。…あ゙っ」

身体を離して、思わず胸に触れていた。

「あ゙あ゙。こ、これは不測の事態です、事故です。決してわざと狙った事ではないですから、わー、すいません、わ゙ー」

…ちょっと乗せたくらいの事だけど…まずい。ちょっととかの問題じゃないよな。真面目な話をしてたのに。

「…慌てないで」

「ぇえ゙?」

「こういう時…、わーわー言わないのが大人でしょ?」

ドキッ、うっ。梨薫さん…。え?
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