恋の人、愛の人。
「慌てず、騒がず、…上手く回避する言葉を言うのよ」

「え、そ、そんな…でも…」

触っちゃったのに動揺しないのか?触れても俺の手、何でもない?

「例えば、触っちゃったんだからそのまま、また抱きしめるとか。…ほら、こんなにドキドキしてるって、言った後なんだから、もう一度ギュッと抱きしめてみるとか。そしたら自然に手も離れるでしょ?」

「あ、は、はい。そうですね」

「だからって、もう駄目よ」

「え?えー」

「当たり前でしょ…あのね、もう、手…どけて」

「あ、あ゙ー、すみません」

「…また同じ反応?…やり直せたのに」

「……あっ、そ、そうだった」

「本当に…正直というか素直って言ったらいいのか…はぁ…だから可愛いのよ」

…え?梨薫さん?
嘘だろ…?これって、俺、抱きしめられてる?…。

「どうしても可愛くてしようがないのよね…。どうして…普通に大人なのに、年齢よりも子供っぽくなるの…」

はぁ…、俺も、腕を回してみた。いいかな…大丈夫かな…。

「…抱きしめるなら、しっかり抱きしめて」

「は、はい」

くぅー、まるで指導されてるみたいじゃないか。

「このまま聞いて?」

「は、は、い…」

「黒埼君、解らないのは解らないの。私は多分、このままだと貴方を甘やかして駄目にしてしまうから。それが解っているから、だから止めたいの。どうしても何でも許してしまいそうだから。それに、矛盾しているけど、私は本来は甘えたい人間なの。しっかりした人に側に居て欲しいの。…それで、どっぷり甘えたいの…」

「…解ります」

「どっちが?」

「どっちもです。だけど、それは簡単に解決します」

「え?」

「あ、離れないでください。まだ、このまま…聞いてください」

首に回された緩みそうな腕を乗せ直して、背中に腕を回してまた抱きしめた。…よし。少しは頑張ったぞ、俺。

「俺も梨薫さんも甘えたい同士だから甘えたらいいんです、一緒に」

「それって…」

「ただのバカップルです」

…。

「あ、あ、違います。お互いが甘え合えばいいんです。俺が甘えたい時は梨薫さんにしっかりして貰って、梨薫さんがどっぷり甘えたい時は、俺がしっかりします」

…。

「出来ますから。俺がどんなにデレデレ好きでも、いつもへらへらしてる訳じゃないんですから。俺、出来ます」

…チン。

「…え」「あ、え゙」

エレベーターから人が出て来た。

「お゙っ。驚いた…。こ、こんばんは…お邪魔しました〜、あ、そのままそのまま。続けて。どうぞ。
…おやすみなさい。…上手くいったの?」

…。

「ぁ…おやすみなさい」

梨薫さんが離れて挨拶をした。男性は奥に向かって歩いていた。

「…あ。あの時の」

「え?誰?」

「…部屋に入れて貰えなくてずっと居た時…。一番奥の部屋の人です…」

「あ、嫌だ、…恥ずかしい…」

もうかなり通路の先に歩いて行ってしまった男性に、声を掛けた。

「おやすみなさ〜い」

「グッジョ〜ブ!グッドラック!」

…見ないつもりでなんだろう。歩きながら背中を向けたままで親指を立てサインされた。
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