恋の人、愛の人。
「好きって、…簡単には言えないのよ」

「梨薫さん…」

「好きって言った途端、不安になりそうなの。…怖いのよ。だから、…思わせぶりでしょ?…狡いのよ。
ドキドキすると苦しいの、心臓が締め付けられる…」

「梨薫さん…」

「それはね、本当に…苦しいドキドキになるの。稜の死を知ってからは特に…。
だから、誰にでも調子がいい事をして…言って…。
寂しいのもきっとどこかで嫌だって思って、自分を守ろうとしてるのよね。…もう、何だか解らない寂しい毎日は嫌だって…。
今までね…無意識に助けられていたのよ。
会社に行けば、黒埼君が居たわ。
黒埼君は入社した時から妙に慕ってくれて、それに、いつも過剰に?笑わせてくれて。…ずっとよね。
…電話の人、バーの人にはね、稜と別れてから行くようになって…その内、私、何でも話して聞いて貰うようになって。
随分、我が儘に甘えてしまってる…。
私はお客さんだから?フフ。…都合よく、いつも私が甘えてるの…狡いでしょ?利用してるのよ、私…。甘えますって言って、甘えてるの。
小悪魔どころじゃないわ。…悪魔よね」

…みんなに甘えてる。

「嫌だとは言われた事、ないんじゃないですか?」

「ん?うん、それは、お客だから気を遣ってくれて、無いわよ?」

…その意味、考えた事ないのか…。

「梨薫さん、俺、帰ります」

「え?ご飯は?」

「また。…今日だけがチャンスの日って事じゃ無くなったから。俺は…いつでも、これからはご馳走になれますよね?“弟”として」

「え?う、ん」

「じゃあ、おやすみなさい」

「え、あ、お、おやすみ」

玄関に向かってる。

「あ、電話の人のバーの名前、教えてください」

靴を履いている。

「え?どうして?」

「駄目なら、携帯の番号」

「え?」

「それはもっと駄目か」

「バーは…、Cafe.Bar destinyよ」

「ディスティニーですね」

「…うん、そうよ。あ、黒埼君」

ノブに手を掛けた。

「会いたいんです。そのバーの人に。会っておきたいんです」

部屋を飛び出して行った。
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