恋の人、愛の人。
「あの、俺、まだ簡単に諦めたりしませんから」
「ん?俺に宣戦布告かな?
だったら、もっと最強な人が居るみたいだぞ。…知ってるだろ?最近、密に梨薫ちゃんに接近してるだろ?」
部長の事かな。
「あぁ、あの人は、兄貴の親友で、兄貴が亡くなる時、梨薫さんを見守ってくれって頼まれた人です」
「本当にそんな感情だけで接していると思ってるのか?」
「え、でも、部長は結婚もしてるし」
「まだ知らなかったのか…離婚してるよ。おっと、これはオフレコだからな」
「…そうなんですね…でもだからってそんな…」
「ずっと前から思っていたのは、君だけではないという事だよ」
「あ、…という事は」
「うん、そうだ。うかうかしてたら、抜群の安定感のあるいい男にさらわれてしまうぞ?って事だ。
それでも…君の思い方次第だけどな…」
それは、…幸せを願って、強引な事はしない思い方、という事。
もしくは、何がなんでも自分のモノにしたいと粘る事…。
「はぁ、では、俺は部長にも虚勢を張らないといけない訳だ…」
「おいおい。虚勢って言ってる段階で負けてやしないか?」
「はぁ…そうですね」
だけど、実際、部長と俺を比較されたら…。勝ち目なんて。駄目だ。何が梨薫さんに響くのか、解らないもんな。
悲観してたら駄目だ。
「闘う気がないなら潔く引け。そんな弱気でちょろちょろするな。
無駄に梨薫ちゃんが傷つく」
あ、…。はぁ。この人はどんだけ梨薫さんの事を守ってるんだ。
「そうですね。あの、俺、ここの店の名前しか教えて貰えなくて、それも多分渋々だったんですけど」
「あ…そうか…」
梨薫ちゃん、少しは特別に思ってくれているんだな。
「構わなければ、お名前と…年齢も、いいですか」
「ん?歳もか?随分気にするなぁ。まあいいけど。俺は烏丸陽佑、35だ。あ、いくつに見える?とか言えば良かったな。お前は女子かってね」
「ハハハ、有り難うございます。俺は、聞いているようですが一応、黒埼透と言います。あの、連絡先も聞いては駄目ですか?」
「俺、女の子にしか教えないんだけどな〜」
「俺もです」
「フ。…なんだ、ちゃんとそういう事も言えるんだな。いいよ、構わないよ。……はい」
コースターに書かれて渡された。
「有り難うございます。本当は誰にも教えてないんですよね」
梨薫さん以外。
「ん?あ、むやみやたらに連絡しないでね。男からの連絡とか本来受け付けないし簡単には返さないから」
「ハハハ。はい、心得てます。では、帰ります」
「うん。また来るといい。その変わり、一緒には来るなよ」
「はい。…意味のある同伴ならまだ…無理です、無いです。
有り難うございました、おやすみなさい」
ポケットにコースターをしまった。
「ん、気をつけてな」
「はい」
ふぅ…あー、アルコールを入れたし、腹減ったかも。今更、ご飯食べに戻りましたって言ったら、梨薫さん怒るかな、駄目かな…。
…はぁ、店に入った時は、あまりにも雰囲気のある人で。色気のあるというか、流石にああいう店をしている人だっていう感じの男前で…。
簡単には見せない恐さというか、凄みもあって、ちょっとビビったけど。
本当に色んな男女の経験があるんだろうな。大人の男の考え方が出来てる人だった。
一回りも二回りも…余裕があって、まともには太刀打ちできない…。
俺…負け試合でも、挑む勇気はあるのかな…。
相手を見て引くようでは…どうしようもないな。
部長もだけど、烏丸さんも大人だ。