恋の人、愛の人。

「こんなことするなら…」

「…負けそうなんです」

「え?」

「…兄貴の親友に。だから、明日、乗り込む勇気を貰おうと思って」

後ろから強く抱きしめられていたのに、直ぐに反転させられ唇を合わされた。下唇に触れた。優しく甘噛みされた。軽く触れた。…合わされた。
抱きしめられた。

「ちょっと…黒埼君」

「はぁ……部長が離婚してたなんて、俺、知りませんでしたよ…」

…。

「まだ、告白以外、されてませんか?してませんか?」

「今日じゃないけどホテルに行ったわよ」

「あ、えっ…ホテル…嘘だ…そんなの嘘だ」

じゃあ…もう、そういう関係に?…もう?何だよそれ…。大人過ぎやしないか…。何だよそれ。

「嘘だ…嘘だ」

梨薫さんは…そんな人じゃない。嘘だ。

「…嘘じゃない」

「そんな…じゃあ、梨薫さんは…」

とっくに部長と大人の関係に…。抱きしめていた腕が落ちた。

「そう。ホテルで頂いちゃった」

「い…頂いたって。何言って…部長…」

梨薫さんが積極的だったって事?…そんなに…好きだっていうのか…。
…いや、まだだ。早過ぎだろ…だけど、本当に大人の関係を持ったという事なのか。

「うん。美味しく頂いちゃった」

…あ、そんな…。

「レストランでねー、和食のコース料理を部長にご馳走して貰ったぁ。美味しく頂いちゃった〜」

「あ、…あ゙、り、梨薫さん…も゙う…酷いですよ…。わざと勘違いさせる言い方をして…。はぁ…俺はもう、梨薫さんが喰われたかと……ん゛」

強引にもう一度口づけた。嫌だ。…盗られたくない、この唇も…何もかも。嫌だ…。

「…これは、梨薫さんに騙されたから…貰うんですからね」

「ん゙ん゛っ…、もう…、そんなのは…駄目だから。はぁ…だから、喰ったわよ、ご飯をね。
私も最初はホテルに着いてびっくりしちゃったのよね。それで、今の黒埼君みたいに…もう逃げられないのかと思っちゃった。挙げ句に、期待させたかなとか言われて。それならそれで、とか。私、完全に子供扱いよね?…思い込んだ事、恥ずかしかったのよね、凄く」

あっ、黒埼君…。抱きしめられた。

「良かった…はぁまだ無事で…そんな話、冗談でも止めてください…」

…無事でって、ね。殺される訳ではないけどね。

「…俺が、…先に貰っては駄目?」

…。

「駄目。駄目とか、先とか、そんな問題じゃない。餃子、もう焼けるから。…先ずは餃子を食べて」

「…え?…今の…先ずはって、…餃子の後ならいいんですか?」

「違う。言葉の綾よ。…はい、餃子、食べよう。焼けたから」

…。

「…は、い」

焦っては益々子供の印象になるばかりだ。だけど…。
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