恋の人、愛の人。
『先に出ます。帰って支度があるので』
起きたら黒埼君はもう居なかった。本当にあれから何もせず、抱きしめる事もせず触れずに寝て帰った。
何か、陽佑さんから知恵を授かったのかしら。
たった一晩の事だけど、ちょっと大人になって、信頼感が増したかな。
部長はさっき、廊下を歩いていたから、まだ部屋に居るだろう。
「あの、黒埼さん…」
「はい」
あ、確か、梨薫さんと仲のいい桃子ちゃんだっけ。
「あの、少しお話があります」
あー、俺、部長のとこに…。
「何かな、あまり時間がないけど」
「はい。ちょっとこっちにいいですか?」
ん?プライベートな事か。
休憩室まで来た。
「あの、私、黒埼さんの事が好きです」
あ…。
「いや、俺…」
「好きな人が居るのですか?居ないのなら、私と…お付き合いしてもらえませんか?」
偉いな、ちゃんと告白するなんて。しかし、俺はだな…。
「あー、俺、同居してるって事、知ってるよね?」
「あ、はい。その事は、はい。すみません、聞いてしまって知ってます」
「いいんだ。なら、話は早い。男と同居してるんだ」
「はい、知ってます」
「…知らないだろ?」
「え?どういう意味…」
「部屋、そいつと仲良く住んでたのに、気まぐれに追い出されちゃってさ…。だけど、また呼び戻されて、仲直りして戻ったんだ。そういう事。
…解る?だから、誰にも言わないでいてくれると嬉しいな」
「…え…あっ…」
「そう、そういう事だからごめんね。有り難う。告白は嬉しかったよ」
はぁ、悪い事したと思ってる。友よ、許せ…。思い込ませただけだ。
俺達は決してそんな仲では無い。
まだ部長は居るかな。
コンコンコン。
「はい、…黒埼か」
ドアが開いた。
「はい、少しだけ時間を頂けますか」
「ああ」