恋の人、愛の人。
「もっと、ゆっくりの方がいいんじゃないのか」
「いいえ。話す事もそんなに無いので。
同じ会社に居るのに、兄の事で挨拶もしないで、すみませんでした。
生前は、本当に兄がお世話になりました、有り難うございました」
「立派な挨拶が出来るような歳になったんだよな」
「立派かどうかは解りませんが、大人にはなりました」
「そうだな。で、前置きはそのくらいでいいだろ。
その事で来た訳では無いだろ」
「…はい。俺は、梨薫さんに好きだと言っています」
「うん、知っている」
「部長は、いいえ、晴海さんは、梨薫さんの事をどう思っているのですか」
「大事に思っている。大切な人だ、とね」
「好きだという事ですよね」
「そうだな」
どうしてこのくらいの年齢の人達は好きの表現が違うのだろう。
「ずっと守りたいと思っているよ」
「それは兄に頼まれたからですか?」
「確かに頼まれはしたけど、それとは関係なく思っている。
稜の守って欲しいという言葉には、俺には、好きになるなよって牽制の意味も込められているんだよ」
「え?」
「入社して来た頃からの武下君の事を俺が好きだと知っていたからだ。
だけど、つき合ったのは稜だし、俺は、見合いをしていた。結婚も決まっていたようなものだった。
だけど、離婚した。そして、稜に頼まれていた、稜が死んだという事を伝える事も済んだ。だから俺は、武下さんに好きだと言った。
今はそれだけだ。食事に誘うくらいが関の山だ。気は逸る。
だけど、そっとしておいてもあげたい。
葛藤するばかりだ。
少しでも触れてしまうと自制が出来なくなるんだ。
解るよな?男のそんなどうしようもない激しい気持ち。
…衝動と言った方がいいか」
少し触れたんだな…。
…兄貴と親友だからといって、部長とこんな話をするのは嫌だな…。
「俺は、兄の弟だと意識しないようにする事にしました。
亡くなってしまった人間には勝てませんから」
「そうだな」
「好きになったのは兄より後です。兄の彼女と知って、好きになったんです。
でも、兄の思いに負けたくありませんから」
俺のところに来ておいて、向かう相手は稜という事か。
そうだよな。稜を深く思い出してしまったからな…。
「俺、梨薫さんの事、遠慮なく攻めさせて貰いますから。失礼します」
「ん」
黒埼…やはり稜にどこか似ている…。兄弟だから当たり前なんだが。
んー…、真っ直ぐぶつかっていける若さに妬けてしまうなぁ。
…朝から誰か来たと思って開けたら、黒埼だったなんてな。
梨薫さんならいいなと思って慌ててわざわざ開けたというのに。…フ。
俺の思い方を知ったら、そりゃあ、いつかは訪ねて来るとは思ったが。
俺は…梨薫さんを部屋に連れて行っておきながら、何もせずに返すし…。
どこまで強引にしていいのやら…はぁ。
思ってるだけの方がずっと楽だな…。