恋の人、愛の人。


暫くは平穏な日々だった。

会社に来れば、黒埼君とちょっとわーわー言いながらいつものような話をし、通路では、朝、部長と挨拶を交わす。

どちらも、以前と同じ。過剰なスキンシップがある訳でもなく、普通だ。

極普通な毎日だ。


仕事が終われば部屋に帰り、ご飯をちゃんと作って食べる。
バーに寄る事は無い、避けているとかではなく、自然とそんな生活を送っていた。

落ち着きを取り戻したといったら大袈裟だけど、何もかも、昔に戻った生活になっていた。

少し違うのは、部屋で話す事が増えた事だ。

しまっていた稜の物を見ては、稜に話し掛けているのだ。

…流石に稜の写真を写真立てに入れておいておく事はしない。つき合いとしては終わっているのだし…また囚われてしまってもいけないから、してはいないけど。
ボックスの蓋を開け、頻繁に見ているのだから、似たようなものかも知れない。

稜が亡くなったという事を知ってから、不思議と稜の夢を見なくなった。

それは、稜自身が伝えたかったモノが無くなったからなのか、私が稜を引き寄せようとしなくなったからなのか、理由は解らないけど。

穏やかな気持ちでいられているのは確かだ。
少々の外傷は、放っておいても癒えていくものだけど、心に出来たナニカも時間が癒してくれるのかな…。

稜を思えば、寂しいと思うのは思う。どこかに居て、会えなくても存在している、とはちょっと違うから。
会いたくても会えない人になってしまったから。

…稜。

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