恋の人、愛の人。


え。もう部屋に来てるって事?…。

ブー、…。『ハルちゃん』…メール。

【と言って上がって行ったところで、開けて貰えないなら意味がない】

…はぁ、もしかして。

【本当は下に居ないのではないですか?】

【うん。会社の駐車場だ】

はぁ、では、…着替えてお化粧出来る時間を最初から見込んで…このやり取りを?

【今から出る。改めてだが、会えるかな。部屋にはお邪魔しないから大丈夫だ】

顔だけ見るって事?…。ただそれだけに来るって言ってるの?

【連れ出すから】

あ。…。そういう事…。取り敢えず、待っててくださいと言ったからには私は支度をしないとって事だ…。急がねば更に待たせる事になる。

【支度します】

私は部長とはおつき合いはしません、と言ってもない。だから、こうしてお誘いをされるのは普通の事で、嫌なら断ればいい…。こんな…夜遅くなってからなのは部長が忙しいからだから。


はぁ、そこそこに準備は整った。着いたら着いたと連絡があるのだろうか。私からしておいた方が礼儀かな。

【支度、出来ました】

ピンポン。…え。

「はい」

…部長。

「…お迎えにあがりました。フ。…ずっと待ってた。
少し、ドライブしよう」

ドアの前にきちんとしたスーツ姿のジェントルマンが居た…。まるで執事のように片腕を胸の前で曲げ、一言目、少しおどけて見せた。

ここにずっと居たのか、そこそこの時間下に居て、時間を見計らったのか。

はい、と返事をした。本気で出掛けようとか、そんな気持ちもあったとは自分でも思わない。
ただ着替えた、…化粧した。
だけど、玄関先で顔を一瞬見て、じゃあって事は無いだろうと…誰だって思う事…。


鍵を掛けてエレベーターに連れ立って歩いた。

会社に居たというのは違うと思った。…聞いて確かめる事では無いと思うけど。
…違う。確かめると言うより、こんな時は、早かったですね、とか、直ぐ居たからびっくりしましたとか、言うものよね…。…私。

並んで歩く手に部長の手が触れた。ドキッとした。自然に手を引き胸に持って来ようとしていたら、一瞬触れたのは偶然なのか故意だったのか…そのまま取られてぎゅっと握られた。ぁ、…身体が一緒に跳ねたのではないかと思うくらい心臓が跳ねた…。はぁぁ…。

「こうして繋ぐ事…。私の立場で平気でしてる訳ではない。これはこれで拒否されやしないかとドキドキもんだ。…嫌なら解いてくれるか」

あ、…いつもそうなのかな。部長室でも、私の部屋でも。手を繋ぐどころか…、随分それ以上の事をされたけど。
ドキドキしてるなんて…微塵も顔に現れてないから解らない。という程、私は部長の顔をじっと見てないんだけど。
今だって、言われなければ解らない。
そもそも部長がドキドキしてるかなんて言ってるだけで本当かどうか…、解らない。それ程、落ち着いて見えるから。
ちょっとだけ見上げてみた。

「うん?」

「…あっ。いえ…何でもありません…」

…はぁ。まさか見られるとは思わなかった。本当に当たり前だけど、部長は大人の男性なのよね。そういった意味でドキドキしてしまうのはある…。

「はぁ…うん」

「うん?」

「あ、いやいや、…すみません、何でもないんです」

エレベーターに乗った。

普通の、いつもの部長の顔だろうと思うけどなぁ…多分。
前から…、年上の素敵な男性だと思って観賞していた人…。
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