恋の人、愛の人。
「当たり前だけど、食事はもう済んでるだろ?」

二名様ですね、お煙草は?…畏まりました、…こちらの禁煙席にどうぞ。
聞き慣れた言葉を耳にしながら席に案内され、メニューを広げていた。

「はい。私はドリンクのみで」

「では私は…ピザでも摘むかな…」

呼び出しのチャイムを押し注文を済ませた。

ご飯がまだだって事は何となく解っていた。…以前のように部屋に入れて、ご飯を出す事は簡単には出来ない。してはいけない。それは部長にも言われた。部長は男の人だ。


ドリンクを入れに席を立った。

ローズヒップティーにでもしようかな…。
部長は紅茶にするようだ。


席について居ると、ピザが運ばれて来た。

「食べられるようなら一緒に食べよう。遠慮はしなくていいから」

「有り難うございます」

部長は丁寧に手を拭いていた。

「最近は大人しくしていたつもりだ」

「…は、い?」

遠慮なく一切れ頂いて、チーズを引き伸ばしていたところだった。一先ず噛み切る事は出来た。口元を隠して咀嚼する。

「あぁ、大丈夫か?慌てる必要は無い。んん。平和だっただろ?」

そういう事か…。一旦お皿に置いた。

「はい。…ん゛ん゛。平和…というか。私は普通でした。…私、…そうですね、最近は…そうですね、言われた通り、平和でしたね。…穏やかな毎日です」

稜に話し掛けて一日が終わる、そんな毎日だ。

「私は、…こうした感じでも、会う事もしないでいたら、はぁ…、夜、眠る迄君の事を考えている。朝は起きて君の事を考える…。会社に行き、すれ違いながら挨拶を交わす。それも…一分にも満たない時間だ。
そんな、何も無い毎日だよ。まあ、それが普通、今までの毎日ではあるのだけどね」

…。


「ほどほどで帰ろうか…。会いたかったのは確かだけど、話をしようと誘った訳ではなかった。長く引き伸ばしてはよくないな。
もう少しだけ待ってくれるかな。口直しに珈琲を入れて来るから」

…何だろうか。これって気の無い振りをされているのだろうか。押すばかりではいけないから、敢えて引いた態度を見せようとしているのだろうか。
会いたいと言っているのに、会ったからもう帰ろうなんて…。そんな…淡白になれるモノ?
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