恋の人、愛の人。
部長の跡を追うように私も席を立った。ミルクティーでも飲もうと思った。
「…どうなんだろうな」
部長が声を潜めた。
「え?」
「珈琲は何だかよくない成分が入ってるって聞いた事があるんだが。あくまで噂だが」
聞いた事が無いから何とも返しようがない。有害物質とか何かそんな事なのかな…。
「では、無難に別の物にされてはどうですか?」
「君は?」
「私はミルクティーにしようかと思ってました」
「では私もそうしよう」
「は、い」
結局、大した話もせず、飲み終わると店を出て車に乗った。乗ってる時間の方が長いのかも知れない。…ドライブしようって話だった。そう言われて出て来たんだった。これでいいんだ。
…緊張感。年上だからかな。黒埼君と居る時とは全然違う。肩書きに緊張を感じるのか、部長と呼んでいる段階で部長なんだ…。
下の名前で呼んで欲しいと言われた事もあったけど…。そうそう簡単には呼べるものではない。黒埼君の事をいつも年下で…普通の社員だからって思って接している訳ではない。
だったら、部長と居る時のこの緊張感は何だろう…。
…男の人だって、…強く思うからだ。…。部長の容姿とか…、背筋の伸びた姿勢だとか、きちんとしているところに緊張を感じてもいるんだ。
黒埼君だって、男の人なんだ…男として、事あるごとに色々しようとしてるし。男の人は男の人なのよ…。
緊張するのは、部長の事、よく知らないからだ…。
「遅くまで起きていると言ったが、単に眠れなくてなのか?」
「…え、あ、はい、単純に昔から宵っ張りなだけです。早寝する習慣になってなかっただけだと思います。昔から、睡眠に対する欲は無いんだと思います。ある程度は必要だから確保しますけど。
眠る事、そんなにきっちり頭に無い気がします。…何だか、夜が好きなんです」
「今から私の部屋に行くと言ったら…」
話が変わった。どんな脈絡があるの?…。
「それは…返事がいる事でしょうか。…敢えて聞く事でしょうか。…とは言っても、部長はそれはしないって言ってましたから」
はぁぁ、ドキドキする。これは駆け引き?だとしたら上手く出来るかな…慎重に言葉を探さなきゃ。
「そうだな。では…気が変わったと言ったら?」
「それも、その気なら…言う事ではないと思います」
「黙って連れて行けと?」
ゔ〜ん。
「…はい。普通はそうする人が多いんじゃないですかね。…でも、…ここまで言っても部長は私を連れて行ったりしません」
…どうなるのかしら。
「私は駆け引きに負けたかな…」
「そうでしょうか」
…わわわ。
「そう言っていても、行く事は出来ます。…送って貰っても、…私の部屋に入る事も出来なくはないですから」
「それは、君が誘っている…誘惑しているとも取れるな」
そんなつもりは全く無いのですよ?
「そうとも取れますね。…こういうのは、どのパターンになったとしても、結局、心がそれについて来ているのか、になりますよね。…違ったのかな、なんて、後悔が先に浮かびます。それを思うと…大胆な事は出来ないものです」
…私、理屈っぽ〜い…。
「はぁ……送るよ」
「はい。…でも、まだ解りませんね」
「…そうだな。君が、一人で部屋に入るのか、…二人でになるのか」
「…はい」