恋の人、愛の人。
「で、円満な終わりだったのか?」

同じ部屋に住み続けてるくらいだ、そうだとは思うが…。あまり、掘り下げない方がいいか。

「はい。特には…、問題なくという事になると思います。喧嘩も…揉めたりとかはありませんでしたから。……朝、置き手紙がありましたから。…あ、何か…美味しい匂いがして来た…。…あさり、あさりかな?…酒蒸し?ね、陽佑さん」

「ん…は?」

「え?」

「あ、ごめん。あー、あさり、あさり」

置き手紙って言ったよな…。置き手紙?

「一月の……寒~い朝でしたよ…フフ。目が覚めたら居なくて…えっ、てなって。探す部屋なんてないから。…そしたらそれが…テーブルの上に。…はぁ…最後の一行に、もう会う事はありません、て。…敬語で書いてありました。嘘でしょ、これ何?って。訳が分からなくなっちゃって…思考が停止するってこういうことがそうなんだって…」

「それは…前日まで話し合ってたのか…」

「いいえ?全く」

「はぁあ?…あ、ごめん。それって、いきなり終わりにしよう宣言じゃないか。…あ゙、ごめん、悪い」

「いいんです…もう、はい。でも…そうですね。そうですよね。突然でした。だけど、もう、何も…その事は何とも思っていません。今からしたら、もう昔の事になりましたから」

一緒に居たのに、終わる頃って、互いに干渉もせず、寂しくしていたって事なのか…。それとも、そんな素振りもなくいきなりか…。そっちか。そっちだよな。
問い質す事もせず、置き手紙だけで終わりを受け入れたのか…。何故だ?普通聞くだろ?
んー、でも…そうか…。まぁな…。連絡したところで…、そういう態度に出た相手の方は終わってるって事だからな…。話したところで気は変わりはしないだろうが。
潔かった、という事か…。

「大丈夫だったのか?そんなんで…」

「え?あ…流石にその日は、どうなってるの、嘘なんじゃないかって…。でも、そんなシリアスな冗談を言う人ではなかったし。出て行く理由を言えば、私を傷付けてしまうと、思ったのかも…。解らないです。
私の何かが駄目だったんだと思います。きっとそうだったんです。…休みだったんです、その日…。
…きっと、いきなりこんな事になったら、私…、抜け殻になってしまうから…だからせめて休みの日を選んでくれたんじゃないのかなって…」

相手に非はないって考えて…。何も言わないことが優しさ、最後の優しさって言うやつか?はぁぁ…そんな日…、何曜だろうと辛いのは辛いだろ。一方的な訳だし。
少しでも仕事に支障がないようにと気遣ったのかも知れないがな。…それにしても。ん゙ー。

「…駄目ですよね」

「ん?」

「普通通り帰って来るんじゃないかって…。諦めが悪いっていうか。…フフ……駐車場に車が停まる度に猛ダッシュでベランダに走って上から覗きました。
でも、当たり前ですけど、停まる車は全部、別の部屋の人の物と見慣れない来客者の物ばっかりで。居なくなったのは嘘じゃなかったんだって…。
彼の車は、夜になっても次の日も、駐車場に停まる事はありませんでした。当たり前ですけどね…。
でも…、歳月ですよね。いつの間にかそんな確認もしなくなって…、段々大丈夫になったし…、今はもう全然大丈夫ですから。そう、いつも使ってた駐車枠には今は違う部屋の人の車が停まってます。当然ですけど。
ちょっと残酷ですよね…。今なら車、ハイブリットとか、エンジン音がしないのが多いのに、あの人が乗ってた車も世の中も、あの頃はガソリン車がまだ多かったから。出掛ける車も通り過ぎる車も、関係ないのに…音がして…。
エンジンの音とか、ドアが閉まる音とか聞こえると、暫くはその度ベランダに走って覗き込んでいましたから。
気持ちも、私の身体も、置き去りにされた気になってましたね…。
はぁ……、久々…話してしまうと、目茶苦茶色んな事を思い出してしまいました…フフ」

…はぁ、切ない事繰り返してたんだな。

「…初めてだな、…」

「え」

「夢きっかけとはいえ、恋愛話を聞いたのはさ」

「あー、…うん、そうですね、しなかったから…フフ。当たり前か」

「今、思いは何もないのか…。例えば、忘れられなくて…もの凄く恋しくてまではいかなくても、懐かしく思って考える日が時々あるとかさ?」

なるべくさらっと聞いたつもりだ。思いがあるのなら、だから、夢に見たんじゃないのか?

「もう昔の事だから…。それ、強い思いみたいなものはないです。普段は…全くないんですよね…。夢を見たら流石に色々思い出すし…、ちょっと色々と…黄昏れてしまいますけど。
考えてなくても、記憶にはあるからなんですかね。どこかにしまい込んでいて、当の本人すら意識してないのに、脳が勝手に掘り起こさせるんでしょうか…」

全くないなんて…嘘、だな…。終わり方も終わり方だし。

「さぁなぁ…難しい事は解んないけど、単なる夢じゃなくて、もし不思議な力があるとするなら、男の方が何か思いが強くてだな、夢に現れてるんだったりしたら…、ごめん、それって、やっぱりちょっと怖い話か。
…おっし、出来た…ほら、食べろよ。俺の分の賄いだから、遠慮するな」

「え、あ、陽佑さん…でも」

「晩飯まだだろ?」

「は、い。でも…」

「酒なんか飲んでないでさ、まずは御飯だ。食事はちゃんとする。基本だろ?
あぁ、夜遅いって言うなら、半分だけにするか?半分は俺が貰うから」

一気に食欲がそそられる…香りのいい湯気が立ち上っていた。
出来立てのボンゴレビアンコ…。
カウンター越しにコトッと置かれた。

「いいんですか?すーっ…はぁ、美味しそう…。賄いなのに、何だか特別メニューみたい…」

「そこは…頂きますって、食べときゃいいんだよ…。美味しそうじゃなくて、確実に旨いから。…ほら」

フォークを渡された。

「フフ。はい、では、遠慮なく頂きますね」

「ん。…長いつき合いだったのか?そいつと」

「んん…はい。…長いと思います。丁度、丸5年…6年目になる時でしたから。ちゃんとした先の事はまだ話してはなかったですけど、そろそろかなって…あ、私が勝手に…ずっとこのまま続くと思ってました。結果、私だけがそう思っていたって事ですよね…。大事にされてるって、自惚れてたんです、きっと…。
…私の…1番綺麗だった時を過ごした人でしたかね…。なんてね…。
…う、ん?…あー…これ、本当美味しいです…」

「…そうか。そうだろ…当たり前だ。全部食っちまえ…」

「…うん。ごめんなさい、多分、全部食べちゃいます。…フフ」
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